後日譚493.道楽貴族は触れない事にした
クレストラ大陸の中でも有数の農業が盛んな国ファルニル。その辺境伯であるギュスタン・ド・ルモニエは『魔の山』と呼ばれる魔物たちの領域の化している場所のすぐ近くの領地を治めている領地貴族である。
基本的には領主としての仕事は三人の妻に一任しているが、農業に関しては授かった加護の事やドライアドたちとの関係性から彼が一任されていた。
クレストラ国際連合の会議に参加要請がされない日は、のんびりと自分の畑で農作業をするのがいつもの彼の日課だったが、その日は違った。
「ギュスタン様、お客様がいらっしゃいました」
「サブリナが直接呼びに来るなんて珍しいね。誰が来たんだい?」
「国王陛下です」
「!? すぐに行く! あとの事は頼んだ」
「お任せください」
庭師の男に見送られ、ギュスタンはとんがり帽子を被った女性と並走する形で屋敷へと急いだ。
着の身着のままで会うのは流石にまずいだろう、という事で着替えるために呼びに来てくれたサブリナと分かれて自室へと戻ったギュスタンは、部屋付きの侍女に手伝われながら慣れない服に袖を通した。
国王に会うのならば体の汚れを落としてから、という考えも思い浮かんだが、待たせる方がまずいのではないだろうか。
たとえ、正室のサブリナが対応してくれているとはいえ、のんびりと支度をする訳にもいかない、等と考えたギュスタンが一つ失念していたのは、向こうがいきなりやってきた事なのだが、誰も彼を止める事はしなかった。
「む? 思った以上に早かったな」
「…………ギュスタン様、せめて湯浴みをしてから来ていただきたかったです」
「え? あ、ごめん」
汗臭いだろうか、と自分の臭いを嗅ごうとしたところをサブリナに止められ、来客の前に座らせられた。
ギュスタンの目の前には堂々とした様子でくつろいでいる中年の男性がいた。
貫禄のある顔つきをしたその男性の名はルナール・ド・ファルニル。ギュスタンが生まれた頃には既に国を治めていた王である。そろそろ世代交代をしてもいいんじゃないか、という話が出るが現国王が優秀過ぎるから難しいだろう、という話もギュスタンは聞いた事があった。
民にも慕われ、貴族たちにも一定の評価を得ている彼の悪癖と言えば、こうしていきなりやってきては領地の見聞をする事だろう、と以前両親が愚痴を言っていたような気がするな、なんてぼんやりと思い出しながら挨拶を済ませたギュスタンは「此度はどの様なご用件でいらしたんでしょうか?」と問いかけた。
「なに、大した様じゃない。たまたま隣の領地まで来る事があったからな。噂の『生育』の加護を用いた畑がどのような物か見るついでにあの加護の余波がないか聞きに来たんだ」
「そうですか。あの加護、とはラロク辺境伯で実験された『天気祈願』の事であってますか?」
「ああ。というか、それ以外ないだろう」
若干呆れ気味で見られたが、ギュスタンは「念のための確認です」と答えた。
「……まあ、慎重なのは良い事か。それで? ラロク辺境伯では高温が昼も夜も続いたわけだが、こちらに影響はなかったのか?」
「えっと……領地の事は妻に任せているので彼女が受け応えてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。公式な訪問じゃないからな」
「ありがとうございます。……サブリナ、各地からの報告はどうかな? 特にラロク辺境伯領に近い村や町の話は何か聞いてるかな?」
「はい。報告自体は来ています。ただ、どこも『何も影響はなかった』との事でした。念のため避難民として受け入れていたラロク辺境伯領の者も本当に加護の影響で領地が大変な事になっているのか疑問視する者が多数いて、終盤頃に『帰りたい』と騒ぎを起こす者が出たくらいで目立ったトラブルもなかったようです。受け入れた者たちが力のない女や子ども、老人が多かったのもトラブルが少なかった要因だと思います」
「そうか。こっちに影響がなかったのなら問題ない。が、領都周辺の様子が広まるのも時間の問題だろうな」
「そこまで酷かったのですか?」
ギュスタンが尋ねると、ルナールは深刻そうな表情で頷いた。
「ああ。気温を測定していた者の話では、連日四十度付近をキープしていたようだ。記録係として王都から派遣した者や、体力のある領民たちの一部が領都に残っていたわけだが、ファルニルでは記録した事がない様な高温の影響で倒れる者が続出したらしい。ほとんど服をまとわずに過ごした、という報告もあったな」
「ラロク辺境伯は大丈夫だったんですか?」
「屋敷内を侍女以外立ち入り禁止にして、同じように極力服を着ずに乗り切った、とかそんな話があったが真偽は不明だ」
深刻そうな表情が保てなくなったのか、若干口角が上がっているのだが、ギュスタンは気づいた様子もない。
「想像してるんですか? 鼻の下が伸びてますよ」
「伸びてないし、してないよ! ……なんでラロク辺境伯は今回の騒動を引き起こしたんでしょうね」
「さぁな。ただ、担ぎ上げられて調子に乗り、自爆した……と言った所じゃないか? ルモニエ辺境伯との婚姻も思うように進まないから別の方向から協力を取り付けようとして脅そうとした、とかそんな感じかもしれん」
「そんな短絡的な事をしますかね」
「さてな。こちらも今回の騒動でそれ相応の謝罪をする事になるが、そのくらいであの加護の危険性について確認できたのなら安い物だな」
「国王陛下も彼が異常気象を起こせるのか知りたかったのですか?」
「当たり前だろう。危険性がある加護であるならば把握しておくことは何よりも大切だ。ああ、もちろん分かっているとも。彼がその様な事で加護を使わない事は。ただ、彼以外の誰かが加護を授かった場合、どうなるか分からんだろう?」
ルナールの発言に異議を申し立てようとしたギュスタンだったが、手と話で制されて口を噤んだのだが、問いかけられた事にはすぐに答えられなかった。
「あの御方は混乱を避けるためにできる事を公表していなかったが、できる事を隠すという点については『生育』の加護を授かったエルフとやっている事は変わらんと感じていた。機嫌を損ねず、どうやってその事について伝え、できるかできないか明らかにしたかったのだが、上手い具合に事が進んで助かったな。これでしばらくはラロク辺境伯の陣営も大人しくしているだろうし、求婚される事も減るだろう。良かったな」
「はぁ。まあ、そうですね?」
ギュスタンは曖昧に答えつつ、ちらりとサブリナを見た。彼女は静かに首を振った。
(今の発言については深く聞かない方が良い、という事か)
ギュスタンは心の中で呟くと、話題を畑について変えるのだった。