後日譚490.事なかれ主義者はやろうと思えばできる
ファマリーの根元に戻ると、ドライアドをたくさん引っ付けた大柄な男性が待っていた。ホムンクルスの内の一人であるムサシだ。
彼はいつもクレストラ大陸にある世界樹フソーの根元で僕の代わりに国際会議に出席して貰ったり、街の管理をしてもらったりしている。
そんな彼がこっちに来るのはほとんどない。だいたいが面倒事なんだけど……ムサシも好きで面倒事を持ってきているわけじゃないので邪険にするのは違うだろう。
「どうしたの、ムサシ。なにかあった?」
「なんともよく分からない状況になったでござる」
「あー…………ゆっくり話を聞こうか。リリス様、申し訳ありませんがこのまま真っすぐに進んで町へと帰って頂いてもよろしいでしょうか?」
「もう少しお話をしたかったのですが……そうですね、お暇させていただきます。また教育について意見をお聞きしたいので今度お食事でもいかがでしょうか?」
「あー…………ちょっと予定を確認してからお答えしますね」
「お返事お待ちしてます。それでは、失礼いたします」
「ばいば~い」
「ばいばーい」
「探検してくるね~」
「いってらっしゃーい」
「面白い事がありそうな気がするでござる」
「お世話は任せるでござる」
リリス様に引っ付いたドライアドたちを見送ったドライアドたちは再び作物の世話に戻っていった。
残された僕とムサシは、自分たちに引っ付いたドライアドたちを引っ付けたまま移動する事にした。向かった先は屋敷の一階にある応接室だ。
ムサシが座るとソファーが小さく見えるなぁ、なんて思いながら僕も座ると、レモンちゃん以外のドライアドたちが髪の毛を僕に絡めたまま室内の探検を始めた。髪の毛が僕に触れているからセーフ、という扱いらしい。
「それで? よく分からない状況って? どこかの国がなんか言ってきた?」
「まあ、その様な感じでござるな。国際連合の臨時会議の際に、ファルニルの貴族が他の国の貴族まで巻き込んで多数で参加してきたでござるよ。そもそも臨時会議を招集したのがファルニルのラロク辺境伯だったから何かしらの意図があったんだと思うでござる。ただ、意図が考えれば考えるほどよく分からないんでござるよ」
部屋に備え付けのアイテムバッグの中から湯呑と急須、それから沸騰魔石や茶葉を用意しながら聞いていると、ムサシの体をよじ登ったりしながらムサシの語尾に合わせてござるござる言っていたドライアドたちがジッと僕の手元を見てきた。飲みたいのだろうか?
新しい湯呑を人数分出しながらムサシに「どんな事を言ってきたの?」と先を促すと、彼は眉間に皺を寄せた。体が大きいし、顔つきがどちらかというと強面なので迫力あるな、なんて事を考えながら急須の中に水と共に入れた沸騰魔石でお湯を作る。
「ざっくり言うと、異常気象の原因が主殿かもしれないと民が不安がっているという事でござる」
「はぁ? なんでそんな面倒な事をしなくちゃいけないのさ」
「マッチポンプが目的なのではないか、という感じの事を言いたいようでござるな。報酬はお金ではなく布教活動で」
「そんな事をしたら悪名が広まって面倒な事になるからしないよ……って、言っても僕の事をよく知らない他所の国の民衆はそう思っても仕方ないのかな」
「おそらく主殿がそう思う事も見越して、民衆が不安がっている、という噂を流しているんでござるよ」
「…………え、領民から不安の声が上がっているって言うのは嘘なの?」
「おそらくそうでござる。実際、ジュリウス殿が各地に派遣したエルフの間者たちが集めた情報ではそのような話は本当に噂話程度でしか流れてなくてそれを不安視している民衆は見つからなかったみたいでござるよ」
「…………ジュリウスの配下たちが集めた情報かぁ」
「主殿が言いたい事は想像できるでござるが、信じるしかないでござる」
沸騰したお湯を少し覚ました後、淹れた緑茶を湯呑に注ぎ分けると、ムサシがそれを率先して取ってそのまま飲んだ。熱くないのかな。わらわら集まったドライアドたちが口に含んで大騒ぎしてるけど……。
一息つくタイミングっぽいのでお茶に息を吹きかけながら冷ましていると、それを見てドライアドたちが真似し始めた。
「というわけで、わざわざ噂を流してまで主殿が異常気象の原因かもしれない、と主張している一団が現れているという訳でござる。ただ、その目的がさっぱり分からないんでござる。分からないでござるが、主殿に証言してもらってそれが嘘かどうかを見分けようと提案したでござる。そうすれば潔白が証明されると思ったのでござるが、話の流れで主殿に実際に異常気象が起こせるのか、起こせるのならどのくらいの魔力放出が観測されるのかを実践すればいいという案が出たでござる」
「いや、起こそうと思えば起こせるけど……」
チャム様の加護を使ってそんな事をしたら、争いなどに使われてまたチャム様の信仰がねじ曲がっちゃうんじゃないかなぁ。
そんな事をお茶をすすりながら思うのだった。