後日譚489.事なかれ主義者は意見交換した
洗車はジュリエッタさんに任せて、僕は空を見上げた。雲一つない晴天である。
「……ここからだいぶ離れていますが、本当にできるのですか?」
「多分大丈夫だと思います。異常気象の時は現地に行くと二次被害に遭う可能性もあるからって離れた所からしかさせてもらえないんですけどね。それに、ドライアドたちも調子を崩しちゃう時があるし」
「そーそー」
「れもれも」
「寒すぎるのは無理~」
「根性で耐えるでござる」
「ドライアドたちの事はともかく、シズト様に何かあったらそれは人類の損失ですから」
「れも!?」
「私たちの事も考えなくちゃいけないんだぞ~」
「そーだそーだ!」
「エルフさんはもう少し私たちの事を考えるでござる」
「ジュリウスは大げさすぎだけど、子どもを残して死にたくはないし、ドライアドたちの事も心配だから今のやり方が定着しちゃってるんですよ。一刻も早く異常気象を解決できるから他の国からは文句出た事ないし、今後もこのやり方になるんじゃないですかね。……ただ、今回は他の国との国境が近いからちょっと心配ですけど」
「事前に話は通してあるので問題ないと思います。仮にこれがきっかけで戦争になったとしても多くの王侯貴族が謎の失脚をして弱体化しているクレティア王国であれば問題なく退けられるでしょう」
「そうですか。……とりあえず、あっちの山の方の異常気象が止まるように祈ればいいですか?」
「そうですね。季節外れの大雪が続いているので、遠すぎて魔力が足りない場合はせめて雪が止むようにして貰えると助かります」
「分かりました。それじゃあ早速……【天気祈願】!」
遠かった事もあるけど、結構な深刻な状態だったのだろう。ごっそりと魔力が持っていかれる感じがした。けど、大量の魔力消費は慣れているし、その場で倒れる事もない。
「こんなものですね。僕たちは戻りますけど、リリス様はいかがなさいますか?」
「私ももちろん戻ります。ただ、少々お時間を頂けないでしょうか? 近くの町に待機している者たちに手紙を渡したいので」
「探検だ~~~」
「面白いでござるか?」
「どうなんだろうね~」
「…………まあ、そのくらいならいいですよ」
ドライアドたちが乗り気になった時点で答えは決まっていた。
僕はジュリウスに視線を向けると、彼はただ一礼して運転席に座るのだった。
アダマンタイト製の魔動車には窓はないが、外の様子が映るように内部を魔改造しているので、魔道具を通して外の様子は見る事ができた。
街道沿いに進み、近場の街へと向かう途中の道中は、他の国々と大差ない。強いて特徴的な点をあげるとしたら、すれ違う人や商人たちが人族以外という点だろうか。
それがどうしてかリリス様に質問したら「人族は他の種族と比べたら頑強ではないと言われていますから」と苦笑交じりに答えた。
「我がレビヤタンでは人族は基本的に安全な街の中での仕事が殆どです。兵士や冒険者などの一部の例外はありますけど、町の外での活動は身体能力に優れた他の種族に任せているんですよ」
「適材適所でやってるんですね。……人族はどういう事をしている人が多いんですか?」
「農業や店舗の運営など人手が必要な物ですね。人族の強みと言えばその数の多さと世代を超えて受け継がれる知識と言われています。兵士になる人族も一定数いるのは加護持ちなど優れた個体である事もたまにありますけど、どちらかというと他の種族と比べると平均的な強さを訓練で得る事ができるからですね。冒険者が多いのは単純に食い詰めた者が慣れる仕事が多くないからなのであまりいい状態ではないのですが……」
「どこも冒険者がセーフティーネットになっているのは変わらないんですねぇ」
僕は危険な冒険に出るよりも農家とかになった方が良いと思うけど、土地がないとできないし、土地持ちの人の下で働く場合は条件や扱いが酷いとかそういう話も聞いた事がある。
それと比べたら上手くいけば一気に抜け出せる可能性が高い冒険者になるという人が出てくるのもまあ分からなくもない。僕はやりたくないけど。
「義務教育があったらまた違うんかなぁ」
「義務教育? 言葉通りに受け取るなら教育が義務、という事ですか」
「そうです。子どもに教育を受けさせる義務を負う、とかそんな感じなんですけど、そういう事をすればある一定の教養は身に付きます。それこそ文字の読み書き計算だけでも知ってれば商人にだってなれるじゃないですか」
「そうなると死ぬものは減るかもしれませんが、冒険者や兵士の成り手が減りませんか? 魔物の間引きなどが課題になりそうなのですが……」
……なるほど。そういう役割もあるから教育をしちゃうと困る時もあるのか。
教える事を戦い方などに限定すればあるいは、なんて事を考えたり、リリス様と意見を交わしたりしていたら目的地に到着したみたいだ。
しばらくリリス様が町の方に行ったけどしばらくして戻ってきたので、僕たちは魔動車に設置された転移陣を使ってファマリーの根元に戻るのだった。