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後日譚483.敬虔な外交官は今度は慎重に行動する事にした

 タルガリア大陸には二つの内陸国がある。

 一つは『フォレスト・アビス』に国境が接している大国の一つであるクレティア王国。もう一つはクレティア王国の従属国であるルカソンヌ王国である。どちらの国も剣の神を唯一信奉している宗教国家で、他の宗教を信じている者を異端者として迫害したリ、投獄したリしていたのはつい最近まで実際にあった。

 だが、そんな状況が徐々に変わりつつある、とルカソンヌ王国の侯爵の一人であるラムシエル侯爵は感じていた。

 異端者に対して過激な行動をとる王侯貴族がなぜか失脚し、穏健派と呼ばれていた者たちが台頭してきたからだった。テオドール・ド・ラムシエルはそのどちらでもない中立派だったのだが、だからこそ他国へ派遣する外交官として選ばれていた。

 その結果、領地が大変な事になったのだが、それは自分の失態が原因だったので誰に文句を言う事もなく粛々と対応しつつ報告書を書いて王都へと送っていた。


「「「おはようございます、テオドール様」」」

「ああ」


 自室から出たところで控えていた侍女たちに挨拶されたのがラムシエル侯爵領を治めている領主、テオドール・ド・ラムシエルである。

 剣の神の敬虔な信者で、日課の鍛錬によって鍛え上げられた体は無駄な贅肉はついておらず、細く引き締まっている。

 鋭い眼差しだがそれを見慣れている侍女たちは委縮する様子もなく、彼の後について歩き始めた。

 そして、侍女たちを率いている妙齢の女性が口を開いた。


「お食事の準備はできておりますが、いかがなさいますか?」

「すぐに食べる」

「かしこまりました。テオドール様に届いているお手紙はお食事中にお読みになられますか?」

「ああ」


 言葉少なに返事をする主人に気後れした様子もなく妙齢の女性は話し続ける。


「ドライアドたちの監視をしている者たちからの報告はいかがいたしましょうか」


 ピタッと歩みが一瞬止まったラムシエル侯爵に合わせるように侍女たちも動きを止めたが、すぐに再び歩き始めた。


「最優先で聞く。今すぐ話せるか?」

「もちろんでございます。ドライアドたちですが、今のところはシズト様が仰った言いつけを守られているようです。東西南北に延びるそれぞれの街道にはまだ草木は芽吹いておりません。巡回の兵士の中には木々の中に紛れるようにドライアドの姿を見た者もいたようですが、その者の声掛けには反応せずに姿を消したとの事です」

「そうか」


 ラムシエル侯爵は話を聞きながら侍女によって開けられた扉をくぐり、椅子に座った。

 彼の前に続々と料理が並べられていく。


「以前の屋敷の方も同様で、馬車が通る事ができるように設けられた道は変わらず残っているとの事でした。それ以外の所に入ろうとした者は威嚇され思うように進めなかったようです」

「作物は何か手に入ったか?」

「いえ、特には報告はありませんでした」

「そうか」


 テーブルに並べられた料理を口にしながらラムシエル侯爵は考えた。オールダムやファマリアとの違いは何なのかを。

 だが、ドライアドと共生関係が始まってそんなに日が経っていないラムシエル侯爵に分かるはずがなかった。


「今度シズト様がいらっしゃった時に聞くから質問事項に記載しておけ」

「かしこまりました」


 その後は領都以外の報告が続き、それほど気に留める内容はなかったので黙々と食事を続けるラムシエル侯爵だったが、ふと窓の方に視線を向けた。

 敷地に広がる庭が見えるその窓の端っこの方にそよそよとそよぐ数輪の花が見えたが、どの花も植えた覚えのない物だった。

 主人の視線の動きに気付いた侍女たちが窓の方に注目した際、ラムシエル侯爵は「放っておけ」と端的に命じた。

 新しい館まで内部に侵入されてはたまらない、という意図は付き合いの長い侍女たちには伝わっており、窓を見る者はいなくなった。




 ラムシエル侯爵が治めている領地は王都にほど近い所にある。それは何代か前の領主の活躍によるものだったのだが、それ以降は大きな戦もなく、パッとしない時期が続いていた。

 外交官に選ばれた際には何か功績を残さなければ、と焦ってしまったのもあるだろう。不用意な発言をして領主の屋敷が林に囲まれ、外壁の外側で最低限行っていた畑が森となってしまった。

 だが悪い事ばかりではないはずだ、とラムシエル侯爵は王侯貴族からの手紙の対応をしながら考えていた。

 今話題のオールダムの復興に関わったとされている異世界転移者と定期的に会う約束を取り付ける事ができた。そのおかげで今までは社交界を開いても昔からの付き合いのある者しか訪れる事がなかったラムシエル侯爵領に他派閥の貴族や王族ですら参加したいという申し出が入っている。


「くれぐれも慎重に対応する必要があるな」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、ただの独り言だ」

「左様ですか」


 ラムシエル侯爵の呟きに敏感に反応した侍女頭が再び壁際に待機し始めた。

 それを見る事もなくラムシエル侯爵は粛々と返信を書くのだった。

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