後日譚478.事なかれ主義者は指摘して回った
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なーに、人間さん」
「なにかあったでござるか?」
「何でも聞いていいよ、人間さん」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、あの枝、敷地から出てるよね?」
「…………」
何でも聞いていいと言った褐色肌のドライアドが黙ると、賑やかにお喋りをしていた子たちも静まり返ってそっぽを向いた。分かりやす過ぎる。
「プランプトン侯爵。自由を許したのは屋敷の敷地と畑だけ。そうですよね?」
「む? そうですな」
「なるほどなるほど。つまりあの枝は約束を守らずに伸びている、と」
「枝は広がって伸びるから仕方ないんだよ、人間さん」
「そうでござるよ。仕方ないでござる」
仲間意識が芽生えつつあるのだろうか。体に引っ付いていた白い肌とござる口調のドライアドがそういうと、肩のレモンちゃんも「れーもれーも」と同意した。でもなぁ……。
「あなたたちならしっかりと管理できるよね? だって、ファマリーの周辺がそうだし」
「「…………」」
「でも、そっか。勝手に伸びちゃうから仕方ないのか。褐色肌の子はそこら辺の管理ができないならこの街の人間さんにお願いして剪定だっけ? それをしてもらわないとね。ただ、その後も勝手に伸びるだろうし、場合によっては別の場所に植え替えてもらう必要もあるなぁ」
チラッとプランプトン侯爵の方を向くと、隣で様子を見ていたラピスさんが「あ」と声を漏らした。
彼女の視線の先を追うと、そこには先程まで柵の向こうからニョキッとはみ出ていた枝がなくなっていた。どうやらちょっと奥の方に一瞬で移動させたようだ。驚くべき早業である。
「私たちちゃんと管理できてるよ、人間さん」
「そうみたいだね。ただ、念のためぐるっと屋敷の周りを一周しようか。もしかしたらまだ枝が伸びてるかもしれないし。…………あれ、さっきよりも人数減ってない?」
「減ってないよ、人間さん」
「元々この人数だよ、人間さん」
「そうかな? そうだったかもしれないね」
この後も時間を掛けて街を見て回る必要があるから、例え半数ほど減っていても指摘しないとこう。
ぐるっと一周して正面の門に戻ってきた。
道中、枝がはみ出ている木々は一つもなかったけど、道には落ち葉や生っていたであろう木の実がたくさん落ちていた。随分と慌てて動かしたんだろうけど、今回は見逃そう。
「そろそろ街の方を見て回りたいんですけど……、プランプトン侯爵の元にはいろいろ報告が集まっていると思うんですけど、僕に見せておきたい場所はありますか?」
「ええ、ございますよ、是非相談に乗ってもらいたい場所が。全てを見せるためには歩きだと回り切れないので馬車で移動しましょう」
「あー……。なんとなくですけど、馬車よりも徒歩の方が良い気がします。プランプトン侯爵がお気づきになられていない問題に気づく事ができるかもしれませんし」
先程まで探検だ、冒険だと賑やかだった褐色肌の子たちがとても静かにそっぽを向いていた。
彼女たちの反応を見る限り、道中にも何かしら仕込んでいそうだな、と思っていたけれど予感はすぐに的中した。
「馬車が通る道のど真ん中に何でこんなにも草が生い茂っているのかな?」
「すくすくと育ったんじゃないかな、人間さん」
「これはすぐに育つ植物でござる」
「勝手に育っちゃったのかも~」
「なるほどなるほど。あれは勝手に育ったものというわけだね。あなたたちが大事に育てた植物じゃない、と。じゃあ、あれも勝手に処理しちゃっていいよね。プランプトン侯爵」
「人間さんたちの手を煩わせるほどじゃないかも!」
「私たちが責任もって対応するかも!」
「かも?」
「対応するよ!」
「そう。畑でもそうだけど、街の中でも余計な植物は間引かなくちゃいけないからよろしくね」
慌てて僕を止めた褐色肌のドライアド二人と話をしている間に、目についた植物がいつの間にか忽然と姿を消しており、道には大きな窪みが出来ていた。
そんな感じの出来事が何回か続いたため、予定の倍以上の時間がかかってしまったけれど、 無事に目的地に着いた。
「御覧の通りの惨状です」
「まさしく緑の道って感じだね。というよりも草原?」
「都市から離れた村のであればこのような道なき道もあるかもしれませんが……」
「ちなみに聞くけど、ここにあなたたちは関与してるのかな?」
「……してない」
「そう。じゃあなんでそっぽを向いているのかな?」
「別にそっぽなんて向いてないよ」
「そーそー。何となくこっちが気になるだけ~」
「あっちの方が気になる気がする!」
「――ドライアドたちは嘘を吐く際にそっぽを向いて返事をする事があるようだ。その際に顔を向けるのはそれぞれバラバラで、思考まで共有されていない証明にもなり得ると思われる」
ブツブツと言いながら記録をとっているラピスさんは置いといて、話を進める。
「それじゃあ、道にびっしりと生えている草は全部抜いちゃっていいよね?」
「抜かない方が良いんじゃないかなぁ」
「そうそう。こんなに一杯広がったのに、勿体ない」
「そうでござるよ。勿体ないでござる」
他の所のドライアドに加勢してもらい、我が意を得たり、と言った様子でドライアドたちがこっちを見て一斉に話し始めた。
それらを一つ一つ聞き取るのは難しいけど、反対だという事だけは伝わる。
「なるほどなるほど。言いたい事は何となくわかったよ。ただね、ここは僕の縄張りじゃなくてプランプトン侯爵の縄張りなんだよね。縄張り主がダメというのならそれは駄目だよ。そういう訳なんですけど、この状況は看過できますか?」
「いえ、できませんな。何かが燃えた時に一気に燃え広がる恐れがありますからな」
「あー、なるほど。そういう理由もあるんですね。勉強になります。…………そういう訳だから、この通りの草は全部引っこ抜くからね。もしもうっかり大事な物が紛れ込んじゃってたら早めに回収しておいた方が良いよ」
そういうと、今度は七割以上の褐色肌のドライアドが姿を消すのだった。