後日譚465.事なかれ主義者は交渉失敗した
出された飲食物は全てみんなの目の前で世界樹の番人が仮面をずらしながら食べたり飲んだりしたし、他の人が全員口を付けてから僕もそうしたけれど、どこの国の貴族からも文句は言われなかった。
ランチェッタさん曰く、相手が王族ともなるとそれが普通だそうだ。
「……僕王族じゃないんだけど」
「わたくしの夫だから王配になるの、まだ分かってないのかしら?」
ああ、そうだった。特にこれをしてほしいとか言われないから忘れがちだけど、れっきとした王族だった。……オクタビアさんの夫でもあるからその場合はどちらの王配としてカウントされるんだろう?
そんな事を考えながらわさわさと草花が好き勝手伸びまくっている中に不自然にできた真っすぐな道を歩いてアールテアからやってきた貴族の屋敷を後にした。
見送るためについて来てくれた人に別れを告げて馬車に乗り込む。僕の後に続いてランチェッタさんとレヴィさんも馬車に乗り込んだ。
扉が閉められるとゆっくりと馬車が走り出した。
「…………ルカソンヌ王国から来た人の屋敷もそうだったけど、なんで君たちは人の敷地で好き勝手してるのかな?」
僕の体から離れて好き勝手馬車で過ごしていたドライアドの中の一人、褐色肌の子を捕まえて問いかけると、彼女は首を傾げた。
「人間さんがいいよ、って言ったんだよ」
「どの人間さん?」
「あの縄張りの人間さん!」
「さっき会った人たち?」
名前はうろ覚えだけど、アールテアから来た人も、ルカソンヌから来た人も領地を持たない男爵だった気がする。
「あー、シズト。ちょっと彼女たちの言ってる事は違うわ。許可を出したのはプランプトン侯爵とラムシエル侯爵なのよ。彼らから相談されてる事に関係するんだけど、どうやらドライアドたちを利用しようとして、彼女たちに領地の畑と屋敷の敷地内だったら好きにしていいと言っちゃったのよ」
「あ~……」
「そんな事言われたドライアドたちがどれだけやる気を出すか分かるでしょ? 苗を飛竜便でわざわざ運ばせて『精霊の道』を繋いでもらったところまではうまく言ってたみたいなんだけど、……それが原因でこんなに早く相談される事になったみたい」
「なるほど。口は災いの元、だね」
ドライアドたちに自由を許したらそれこそ先程見たそれぞれの屋敷のように最低限の道以外は緑に覆われてしまう。
育ててほしい作物がその中にあればいいんだろうけど、ランチェッタさんが相談されたという事はきっと育てて欲しかった物はなかったんだろう。
「どうやら街の方にも緑が浸食しているみたいで、早急に対応したいみたいなんだけど、ドライアドを怒らせたらわたくしたちとの間でトラブルになるだろうからって焼き払うような事をしていないんですって」
「九死に一生って、感じだね」
焼け野原にするのよりも緑が増えるのが早いかもしれない。そうじゃなかったとしても人間が休んでいる間にいつの間にか緑が広がっている、なんて事もあるだろう。
「そういうわけで、彼女たちにシズトからお願いしてもらってもいいかしら?」
「別にいいけど、利害が一致してるから言う事を聞いてくれているだけで、そういうお願いは聞いてくれないんじゃないかなぁ」
視線を両手で捕えているドライアドを見ると、彼女もまたこちらを真っすぐに見返してきたのだった。
トネリコから来ているドライアドたちとの交渉は決裂した。
そもそも、対価も無しに彼女たちを動かすのは難しい。そして、よく知りもしない国のために何かしら僕が犠牲になる提案をする気にもなれなかったので当然の帰結である。
ただ、想定外だったのは他のドライアドたちにも新天地の話が広がった事だ。
異大陸まで冒険をするために足を延ばすのは億劫に感じるドライアドたちもファマリーの近くに新しくできた自由にできる土地の話を聞いたら黙っていられなかったようで、次の日には外交官の屋敷が緑で覆われてしまったと、朝食の席でホムラが世間話のようにしてきた。
「とりあえず、敷地の外に植物が浸食してたらドライアドたちに警告してもらった後、三日後を目安に対処してもらっていい?」
「かしこまりました、マスター」
「アールテアとルカソンヌからの嘆願はどうするの?」
「僕にはどうしようもなかったって言っといて」
まあ、本館の二階までを自由に通行できるという許可をあげてもいいとかそういう提案をしたら乗ってくるんじゃないか、という気もするけど、あまり知らない人のために我が家を差し出すのもどうかと思うし、しょうがない。諦めて自然と共生してほしい。
「そんな事より、さっきから気になってたんだけど、今日もレヴィさんはどこかに行くの?」
僕がそう問いかけると、綺麗な所作で食事を進めているレヴィさんがこちらを見て「お茶会に招かれたのですわ」と端的に答えた。
相手はタルガリア大陸の誰かだろうか。わざわざドレスを着ているという事はそういう事なんじゃないか、と考えたところで彼女は「その通りですわ」と僕の心の声に返事をした。魔道具『加護無しの指輪』は首から提げているようだ。
「シズトの正室として、しっかりと見定めてくるのですわ~」
とってもやる気なレヴィさんの言葉で誰とお茶会をするのか分かってしまった。
今の所、アプローチはないけれどオクタビアさんみたいに外堀が埋められる前に手を打った方が良いかなぁ、なんて事を思いながレモン風味になってしまったサラダをもしゃもしゃと食べるのだった。