後日譚461.事なかれ主義者は未だに慣れない
今の生活だとあまり町に出ないのでファマリアに貴族が常駐しようがどうでもいいんだけど、子どもたちが大きくなっても外出に制限を掛けたくはないので面倒事の種になりそうな王侯貴族は締め出しておいた方が良い気がする。
だけど、ちょくちょくラオさんとルウさんが子どもたちを連れて里帰りをしている理由の一つである『この世界の常識を身につけさせる』という点を考えたら、ある程度王侯貴族は受け入れた方が良いのかも……。
「走り回っちゃ駄目だよ~」
「危ないよ~」
「踏んじゃ駄目だからね!」
「レモンもれも!」
「人間さんもぼーっとしてないで止めてほしいでござる~」
「レ~モレ~モ!」
「ん?」
考え事をしていたらドライアドたちがわらわらと集まってきた。彼女たちの髪の毛が差す方に視線を向けると、今日も今日とて栄人が真に追いかけられていた。
運動量の多いあの二人には和室は狭く感じるようになってきたのか、外でこうして走り回るようになった。
今の所ドライアドたちが丹精込めて育てている物に被害は出ていない。二人が気を使ってくれているとかじゃなくて、ドライアドたちが威嚇したり実力行使したりしているからだ。
「んー……まだヒートアップしてなさそうだし、大丈夫だよ」
「ヒートアップする前に止めるべきなんだよ、人間さん」
「そうでござる。ぐるぐる巻きにして止めるでござる」
「いや、ぐるぐる巻きはやめてね? あと、僕に言われても二人を捕まえようとしてドライアドたちの作物に被害が出たじゃん」
「そういえばそうだったでござるな」
あの時は育生にお願いして加護で元通りになるまで成長させてもらおうとしたけれど、魔力量が少ないからか、それとも僕が授かった加護よりも能力が低いのか元通りにならなかった。結局、一緒に農作業をしばらくするという事で何とかなったけど、再び同じ事をする訳にはいかない。
「僕は余計な手出しはしない方が良いってあの時に学んだんだよ」
もうぐるぐる巻きにされて吊るされたくないので。
そこまで言わなくても言いたい事は伝わったのか、ドライアドたちは僕に手伝えとは言わなくなった。
ただその代わり、ジュリウスたちを動員して真と栄人を確保した。
「近場で二人が思いっきり走り回れる場所があるといいんだけど……」
「円形闘技場に転移陣を設置しますか?」
「んー、とりあえずそれで様子を見ようか」
監視は世界樹の番人とドライアドたちに任せれば大丈夫だろう。
そんな事を思いながら、活きの良い子ども二人を抱えて屋敷へと戻るのだった。
ラオさんとルウさんが帰ってくるのが少し遅かったのでいつもより遅めの夕食の席で今日ホムラたちから相談された事をみんなに共有した。そして気づいた。どこの国の人が来ているか聞いていないという事を。
聞いている時は断りたい気持ちの方が強かったから興味なかったんだけど、皆に話すのならもう少し詳しく聞くべきだろう。
コトコト煮込んだドラゴンシチューで口の周りを汚したホムラの口元を布巾で拭いながら「そういえばどこの国の人たちが来ているの?」と尋ねると、ホムラは布巾が口から離れると口を開いた。
「タルガリア大陸の方々です、マスター。レビヤタンからは王女のリリス・レビヤタンが来ましたが、それ以外の国々は王族はいません」
「…………ランチェッタさん、知ってた?」
タルガリア大陸は転移陣で繋がっていない。だからてっきりイルミンスールか、クレストラ大陸のどちらかだと思っていた。
「ええ、知ってたわ。魔動船に乗せて欲しいと連名で依頼が来たから。ああ、緊急時用の転移陣は使わせていないわよ?」
「別にそこは心配してないよ。でも、知ってたら事前に言ってくれても良かったじゃん」
「事前に言ったらその場で断るでしょ。相手が遠路はるばる海を越えてやって来た人たちだったら多少考えてくれるでしょ?」
「…………まあ、多少はね。でも、今後の事を考えたら常駐については慎重に考えなくちゃいけないし」
「あら、どうして?」
「他の国々の人たちも常駐させてほしいって話になりそうだからだよ」
「まあ、なるでしょうね」
「でしょ? 世界樹くらいしかないファマリアに外交用の別館を作ったところで何の意味があるのか分からないけど、各国の外交貴族や王族がファマリアで過ごすってなったらいろいろと面倒な事が起こるかもしれないじゃん。だから事前に色々約束事を決めといた方がいいでしょ?」
「なるほど、そういう事ね。でもそこまで難しく考える必要はないと思うわよ? シズトの気分を害した者は退去させる、とか一筆入れておけば変な事をしようとする輩は減るでしょ」
流石にそれってどうなの、って思ったけれどランチェッタさんの目はマジだった。そしてホムラとユキも乗り気で最低限それは入れるという方向になった。
その後も受け入れると仮定した際にどのような約束事が必要か、破った場合はどうするかという話になった。重たいペナルティがいくつかあるような気がしたけど「命を落とすよりはマシじゃないかしら?」なんてランチェッタさんが可愛らしく首を傾げて呟いた。それに対して他のお嫁さんたちは特に何も反応しない。
だいぶ慣れてきたと思ったけど、まだまだ慣れない事はあるなぁ、なんて事を考えながら断る口実は何かないか思案するのだった。