後日譚458.若き女王は個別で話をしたい
会談のための場所として用意された大きな部屋に入ると、各国の代表者たちが立ち上がって彼女を出迎えた。
部屋の中央には大きな円卓が用意されており、その見事な装飾の中にプロスの顔を見つけて微かに微笑んだランチェッタを見て、すぐに学が口を開いた。
「すぐにお気づきになるとは、流石ですね。こちらはファマリアで製造された大テーブルです。世界樹の太い枝を用いて作られている一品なんですよ。もちろん、椅子に関してもそうです。これらはガレオールの王配様でもあるシズト様から頂いた物なんです」
周囲にいる者たちがしげしげと木製のテーブルや椅子に視線を向けた。
どの家具にもファマリアで製造されている物の中でも上質な物である事を証明する加工の神プロスの顔や全体像がどこかに装飾として刻まれていた。
「シズトからの贈り物をしっかりと使ってくれているようで良かったわ。飾るだけだと文句を言うのよ」
「なかなか使うのに度胸が必要ですよね。今回の会談が無ければ日の目を見る事はなかったかもしれません」
その様子が容易に想像できて、その事を知ったシズトがしょんぼりとしながら文句を言う所まで見えてしまったランチェッタは再び口元を綻ばせた。だが、それもすぐに消え去った。
空席だったところに辿り着くと、そのまま椅子に座った。それに合わせて学も含めた各国の代表者たちが腰を下ろした。対等な関係ではなく、明確な力関係が見える場面だった。
(まあ、だれも文句を言わないわよね)
そんな事を考えながら背後で控えていたディアーヌが淹れた紅茶を一口含んだ。部屋付きの侍女がランチェッタの分も用意していたのでおろおろしている様だったが、意図的にスルーしていると学が口を開いた。
「それでは、会談を始めさせていただきます。仲介人として私は同席しますが各々自由にお話していただいて構いません。ただ、その前にそれぞれの方の自己紹介をさせていただきたく存じます。よろしいでしょうか、ランチェッタ様」
「わたくしは構わないわ」
厳しい目つきのままランチェッタが鷹揚に頷くと、学は話しを続けた。
「それでは、時計回りに順番に紹介させていただきます。デルフィニオン様」
学に呼ばれた女性が立ちあがった。ランチェッタの一番近くに腰かけていた女性だ。
魚人族に見慣れているランチェッタだったが、大陸が違うと何かしら違う所があるのかもしれない、とそれとなく彼女の全身に視線を向けた。
「ジーランディーからの外交官です。ジーランディーはご存知の通り、魚人たちの国で、タルガリア大陸とアドヴァン大陸の間に位置する海の底にあります」
「今後の交易についてお話ができれば幸いです。よろしくお願いします」
深々と頭を下げたエウドーラが頭を上げると、そのまますぐに椅子に座った。それを合図に学が彼女の左手側に座っている人物に視線を向けた。
「プランプトン様」
名前が呼ばれたふくよかな男性がゆっくりと立ち上がり、それからランチェッタを見た。
「彼はアールテアの外交官です。彼とその隣に座っているラムシエル侯爵からは後程ランチェッタ様にドライアドの件で相談があるとの事です」
「是非ともお時間を取って頂き、お話を聞かせてほしいですな」
「貴重なお時間を頂戴する事になるのは申し訳ないのですが、急ぎで確認したい事がありますので……」
流れで一緒に紹介される事になってしまったラムシエル侯爵は気分を害する事もなく、すぐに立ち上がると深々と頭を下げた。
(ドライアドと軽々しく約束を結んでしまったから大変な事になっている……といった所かしら? それにしては随分と早い様な気がするけど……。まあ、どうせ後で向こうから聞いて来るから今は気にする必要がないわね)
早々に思考を切り替えたのはここからは初めて会う人物が二人、連続しているからだった。
ランチェッタが視線を向けると「次は俺だな」と言って男が立ち上がった。立ち上がるとさらに威圧感があるその人族の男性は、身長が二メートルほどあった。また、ラムシエル侯爵とは違って鍛え上げられた筋肉が膨らんでいて、余計に大きく見える。
「彼はファルクレスト辺境伯です。アールテアの宗主国であるアールスターの辺境伯です」
「ガレオールの噂はいくつも耳にしております。俺も海辺を治めている領主ですから。是非とも交易について有意義な話をさせていただきたい」
人族至上主義のアールテアの宗主国であれば当然アールスターもその様な考えが蔓延っているのだろう。だが、流石に外交官として派遣されてきた人物である。ランチェッタの護衛としてついて来ているエルフたちに意味深な視線を向ける事もなければ、初対面のランチェッタに不躾な視線を向ける事もなかった。
第一印象としては悪くないわね、なんて事を内心で独り言ちたランチェッタは、着席したファルクレスト辺境伯から視線を横にずらした。
法衣に身を包んだ女性が立ちあがった。顔には皺がいくつかあるが、背筋はまっすぐ伸びていて動作もキビキビとしている。
「彼女はデュランデル辺境伯です。ルカソンヌ王国の宗主国であるクレティア王国の辺境伯です」
「今話題のガレオールの女王陛下にお目にかかれて光栄ですわ」
聖母を思わせるような優しい笑みの裏に何が隠されているのか。ランチェッタはじっと彼女の瞳を見たが何も読み取る事は出来なかった。
(宗教トラブルは避けたいところだけど、何かしらトラブルはあるかもしれないわね)
そんな事を考えている間にデュランデル辺境伯が着席した。
「次で最後になります。レビヤタン様」
学に名前を呼ばれた人物が立ちあがる。タルガリアにある大国の中で唯一ファマリアを見学したリリス・レビヤタンだった。
「ランチェッタ女王陛下とこうしてお話をさせてもらえる機会があるなんて、急いで戻ってきて正解でした。またいろいろとお話を聞かせてもらえると嬉しいです」
鎧ではなくドレス姿のリリスが勝気に笑う。
ランチェッタはただ頷くだけで明言を避けた。
学の進行で会談が始まる。その様子を見ながらランチェッタは心の中で呟く。
(この後個別で話をする時間を設けて貰えるのかしら)