後日譚452.事なかれ主義者は見えないものを撮ろうとした
積み木遊びをやめて、お昼ご飯を手早く済ませて再び和室に戻ると先程一緒に遊んだ子たちの姿はなかった。きっとご飯を食べに行っているんだろう。
ただ、和室には他の子もいる。魔道具で作った綿のような雲のようなもこもこの白い物体の上で引っ付いて眠っているのは龍斗と望愛だ。
もこもこな物が好きな龍斗が量産した『綿雲』がたくさんある中で、同じところで寝る必要はあるのか気になるところだけど、そんな疑問は置いといてカメラを回した。とてもかわいい。
僕がカメラを回している先のものが気になったのか、和室の至る所で好き勝手過ごしていたドライアドたちが集まってきて、黙って髪の毛を伸ばして自分の体を持ち上げ、ぷかぷか浮いている綿雲を覗き込む。この光景は後でラピスさんに見せたら喜ぶかもしれない、と思ったのでカメラでしっかりと記録した。
「二人と遊ぶのは無理そうだね。あと撮ってないのは歌羽と紫亜、それから大樹か」
「レモ!」
「しーっ! 静かにだよ、レモンちゃん」
「……もー」
元気よく返事したレモンちゃんの声に二人がピクッと反応していたけどなんとかなった。覗き込んでいるドライアドたちも人差し指を立てて「シーッ」と僕の真似をして小さな声で言っているし、きっとレモンちゃんもそう言っているのだろう。肩の上だから見えないし、何言ってるか分かんないけど。
「紫亜は熱が出ちゃったから隔離中だし諦めるとして……歌羽と大樹がどこにいるかみんな知ってる?」
すやすやと眠っている二人の様子をカメラで記録しながら尋ねると、ドライアドたちは一斉に髪の毛で魔動の方を示した。それから代わる代わる小さな声で話し始める。
「翼人族さんが連れてっちゃったよ、人間さん」
「いつものことだよ、人間さん」
「でもいつもより遅いでござる」
「きっとどこかで遊んでるんじゃない?」
「「「そうかも~」」」
ドライアドたちにまでそう認識されててパメラは大丈夫なんだろうか。子どもたちが大きくなったら遊んでばかりいるなんて思われないように配慮しないといけないかもしれない。
「大樹は?」
「小さなハーフエルフさんはお外で小さな人間さんと一緒にいるよ、人間さん」
「今はワンちゃんの所にいるよね~」
「そうでござるなぁ」
「日向ぼっこでもするのかな」
「そうかもしれな~い」
「違うかもしれな~い」
ヒソヒソと話をしていたドライアドたちがだんだんと声が大きくなってきているのでそろそろ彼女たちに情報を聞くのはやめた方が良さそうだ。
記録映像もしっかりと残せたし、そろそろ僕も和室から退散しよう。
残っていた乳母の方々に二人の事は任せて僕は和室を後にしたけど、ドライアドたちは廊下に出る事は禁止している事を覚えているようで、レモンちゃん以外ついてくる事はなかった。
「人間さん遅かったねー」
「私たちの方が速かったね~」
「小さなハーフエルフさんたちはあそこにいるでござる」
ついて来ないと思っていたドライアドたちは先回りをしていた。ドライアドたちとパメラ用の出入り口と化している窓から外に出て、先にワンちゃん――じゃなくて、フェンリルの元に集まったようだ。
ドライアドたちが指や髪で示した方向を見ると、アンジェラに抱っこされた大樹が大きくて丸くて白い毛玉と化したフェンリルに手を伸ばしている所だった。
「アンジェラ、なにしてるの?」
「ダイキ様を運んでるんです」
いきなり後ろから話しかけられてもアンジェラは驚く様子はなかった。魔力探知で気が付いていたのだろう。
最近のアンジェラはお仕事モードの時は敬語で話してくるからちょっと違和感があるんだよな……。でも、ため口で話すようにって言うのは彼女のためにならない、ってランチェッタさんたちに言われたし気にしないようにしよう。気になるけど。
「それで、大樹が外に出たがったんだ?」
「そうなんです。今日のお散歩はもう終わった後だったみたいで疲れてると思ったんですけど、乳母の人に相談したら代わりに歩いてあげたら問題ないだろうって」
アンジェラの視線を追うと、少し離れた所に地面に寝転んでいるエドガスくんの傍らにエルフの女性がいた。今日の大樹の乳母役の人だろう。
「そろそろ和室でお昼寝する時間なんだけど、いっその事エドガスくんみたいにここでお昼寝してもいいかもねって話してたんです」
「なるほどね」
とりあえずとても毛並みが良いフェンリルに真剣な表情で手を伸ばしている大樹をカメラで記録した。カメラを向けても気づく様子もなかった大樹だったけど、ふと視線を彷徨わせたかと思ったらこっちを見た。
ただ、カメラ目線というよりはなにか視線で追うかのような目の動きだった。
「……え、虫とか見えてる?」
「れも?」
僕がきょろきょろと辺りを見回していると、アンジェラが「虫はいないですよ」と言った。
「虫『は』ってなに!? なんかいるの?」
「もん」
「『もん』っているってこと? 幽霊!?」
「れもん」
「あの、シズト様。発言してもよろしいでしょうか」
乳母の人がおずおずと挙手をした。ただ、こちらに近づいてくる気配はない。フェンリルがのそりと顔をあげたからだろうか。
「えっと、どうぞ?」
「ありがとうございます。ダイキ様が見ていらっしゃるのは『精霊』です。といっても、まだ力が弱く、私にもかろうじてそこにいると分かる程度の『微精霊』ですが……ダイキ様は精霊を見る力がとても強いのかもしれません」
「…………なるほど」
幽霊じゃなくて精霊なら怖くないのは、きっと精霊に近い存在のドライアドたちがああいう感じだからだろうか。
そんな事を考えながらカメラに映ったりしないかな、なんて思って自分の周りにカメラを向けるのだった。