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後日譚447.町の子たちは声を大にして言いたい

 ファマリアの研修所の多くはコの字型の校舎で、その周囲は運動場として土地が開けている。世界樹の影響で緑が芽吹き始め、雑草が生い茂っている所もあるが、人が良く通る場所や鍛錬に使われる場所は踏み固められ、あまり草が生えていなかった。

 案内役のジュリエリカを先頭に、ぞろぞろと敷地に入ってきた集団の中には、普段教師として魔法や読み書き計算を教えている明の姿もあった。外で魔法の自主練習をしていた者たちがその姿に気付き、話し始める。


「あ、アキラ先生だ」

「ほんとだ。……あいさつする?」

「でもシズト様がいらっしゃるし、お邪魔しちゃいけないんじゃない?」

「……でも、普段通りに過ごすようにって言われてるし、挨拶はした方が良いんじゃないかな」

「なるほど」

「たしかに~」

「あいさついってくる!」

「ちょっと待って!」

「なに?」

「早く挨拶しに行かないと建物の中に入っちゃうよ?」

「一緒にいる人たちって貴族じゃないかしら? もしそうなら身分の低い私たちから近づいて行くのはまずいわ」

「じゃあどうするの?」

「ここから大きな声で言えば聞こえるはずよ」

「それはそれで失礼なんじゃないの?」

「アキラ先生に挨拶しているだけで、他の貴族にはしていない、と言い訳はできる……はず」

「言い訳なんて考えるならしない方が――」

「「アキラせんせー、こんにちは~~~」」


 小さな子たちが声を揃えて大きな声で挨拶をすると、流石にアキラにも聞こえたようだ。手を振って挨拶を返した彼だったが、近くにいた太った男性が何やら話しかけている。


「……シズトさま、こっちにこないね~」

「ざんねん」

「やっぱりそれが目的だったのね。シズト様はここ数日外交官の相手をしているから多忙だと聞いているでしょ。諦めなさい」


 そんな事をいう女の子も心のどこかでアキラに挨拶をすればシズトと接点が持てるのでは、と思っていたのだが、表に出す事はなかった。


「ほらほら、挨拶が終わったんだから、練習に戻るわよ。あなたたちがしたいって言ったんだからね」

「はーい」

「がんばろ~」

「私も挨拶をしておけばよかった……」

「ほら、あなたもうじうじしてないで面倒を見るのを手伝いなさいよ」


 がっくりとうなだれている女の子に活を入れ、小さな子どもたちの魔法の練習に付き合った気位が高い女の子は、この後、先程の一団に話しかけるのだが、この時の彼女は知る由もなかった。




 研修所は新しく作り替えられて三階建てになっている。

 一階には教師が準備をしたり、休んだりする『職員室』と呼ばれている部屋があるが、それ以外は他の階と同様に『教室』と呼ばれている部屋が並んでいた。余談だが、部屋の名前を付けたのはシズトである。

 普段は廊下にも聞こえてくるほど賑やかな学び舎だが、授業に必要な音と声以外は聞こえてこない。それは廊下をシズトたちが通ったからだったのだが、原因であるシズトは「すごく勉強に集中してるなぁ」としか思ってなかった。

 そんなシズトを含めた一団が入った教室は静寂と緊張が場を支配していた。

 教師役であるエルフの男性は、内心では授業内容をもっと派手な物にしておくべきだったと後悔していたのだが、先触れが少し前にいきなり来たため内容を変える時間がなかったのでどうしようもなかった。


「すごい集中力ですな。まあ、奴隷契約で縛られているのだから当然と言えば当然ですが……」

「あー、なるほど。確かに契約があるからしているって人もいるかもしれないですね」


 いないです、と主張したかったが聞き耳を立てていると思われてはいけないし、なにより教師役が「視察が来ても反応しないように」と厳命していたので抗議をする事ができない奴隷たちはせっせと箱の中にの砂に棒で字を書き続けた。

 そんな彼女たちと教師の想いを汲み取ったからかは分からないが、明が口を開いた。


「僕も教師役として町の子たち……ではなく、奴隷たちに教える時がありますが、契約は関係なく頑張る人が殆どですよ。ここではいつか奴隷から解放される可能性が高いですから」

「なるほど、解放された後の事を見据えて読み書きを教えている、と。街を見て回った時に店には当然のように字でメニューが書かれていて、それを当然のように読んでいる者たちばかりだったので驚きましたが、識字率が高いのはそういう背景があるのですね」


 解放ではなく、成績優秀者はシズトから直々に褒めて貰えるかもしれない、あわよくば側仕えの一人にしてもらえるかも……なんて下心があるからなのだが、本人がいる前で訂正できるわけがない。

 質問されれば答えるのに、と教師も生徒も思いながら黙々と字の練習を続ける事になるのだった。

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