後日譚444.事なかれ主義者はついつい訂正してしまった
タルガリア大陸からきた外交官の方々に対して案内をする最終日。
夜の間に降り続いていた小雨は日が昇る頃にはやんでいて、晴天が広がっていた。今日もしっかりと加護の効果が出ている事に満足し、僕は祈りを捧げ終わると、当たり前のように肩の上に陣取ったレモンちゃんを放っておいて朝食を食べるために一度屋敷に戻る。
食卓には既に皆揃っていて、僕の食前の挨拶と共に食事が始まった。
食事を口の中に詰め込んで早歩きで部屋を後にする人もいれば、いつも通り食後のデザート代わりの魔力マシマシ飴を舐めながらのんびりとしている人もいる。
お喋りをしながら食べている人もいたけれど、その中で聞こえないふりをしていたい話題があった。
「今日もリリス王女殿下はシズトにアプローチをするのかしら?」
「気になるのですわ?」
「当然でしょう。今後の国際情勢を考えると、まだ転移門が設置されていない異大陸の国と繋がりができるかもしれないのよ?」
「じゃあシズトと一緒に案内をするのもいいかもしれないですわね」
「…………政略結婚しなくてもガレオールとのつながりができる可能性があるし、とても魅力的な提案ね。ただ、今回は王侯貴族の対応スキルを伸ばすためにシズトに一任しているからそれはしないわ」
聞こえないふりをしようとしてもホムラとユキの次に近い席に二人が座っているので丸聞こえである。いや、ランチェッタさんはあえて聞こえるように話しているな。
だけどここはスルーしてサラダを食べよう。窓からジーッとドライアドたちも見ている事だし。
そんな僕の態度を見てランチェッタさんは肩を竦め、話が子どもの事になった。レヴィさんだけじゃなくて、ランチェッタさんの後ろにいたディアーヌさんも子どもの話に加わり、セシリアさんは巻き込まれ、食卓に座っているほとんどの人が子どもについての話に加わっていった。いつもの事である。
「あ、そうだ。ねぇ、ホムラ」
「なんでしょうか、マスター」
口の周りをたっぷりとジャムで汚したホムラが僕の方を見た。近くに置いておいた付近で彼女の口元を拭ってやった。
「工業区って土地が足りないんだよね?」
「工業区に限らず、ほとんどの区画でそうです、マスター。居住用の建物はすべて集合住宅にしたのでそちらに関しては余裕がありますが、人口と店の数が釣り合ってないので飲食店はだいたい混んでます。宿に関しても他の所から来る者が多いので余裕があまりなかったはずです。それがなにか?」
「他の区画はわかんないけど、工業区の一画にショッピングモールというか、百貨店のような建物を建てたらどう? 使う面積は同じだけど、階数を増やせばそれだけたくさんの店が入れられるでしょ? 炉を使うような鍛冶場は入れる事は出来ないけど……」
「……そうですね、マスター。鍛冶場に関しては屋上に設ければ既存の建物を移動させるだけで何とかなるかもしれません。一度検討してみます」
「うん、よろしく」
……鍛冶場を屋上に持ってきたら天井が抜けたり、何かしら問題が起きないのかな、なんて事を思ったけどきっと魔法で何とでもなるんだろうなぁ。
行政区にある高級宿の前で合流した僕たちは、町の子たちが押す『浮遊台車』に乗り込んだ。今日はリリス様の所にはドライアドが相乗りしてなかったけど、移動中にちょくちょく乗り込んだようで、目的地に到着する頃には僕に引っ付いているドライアドを含めて、ドライアドが十数人に増えていた。とても賑やかだけど、僕が話をする空気を察したのか静かになった。
「えーっと……ドライアドたちが静かになったところで説明をさせていただきますね。こちらが商業区にある教会です。祀られているのは付与の神様であるエント様。エント様の加護を授かったおかげで僕はいろいろな魔道具を作る事ができましたし、ファマリアを豊かにできました。皆さんがこちらにやってきた『転移陣』もエント様の加護のおかげです。残念ながらもう返還してしまったので作る事はできませんが……」
「とても残念です。作って頂けたらすぐにレビヤタンの王都と繋げるように国王陛下に進言しましたのに」
リリス様が心底残念そうに言った。ただ、作れない物は仕方がない。僕の子どもが同じ加護を授かっているけれど、僕の加護と比べると効果は落ちるだろうという事だったし、余計な事は言わない方が良いだろう。
そういうわけで、リリス様の発言は拾わずに僕はエント様の教会に向かって歩き始めた。
それに続いてリリス様達がついて来る。
「エント様の教会の特徴はとにかく至る所に魔道具が設置されている事です。個の扉も、魔力を流すと勝手に開きます」
「自動ドアじゃねぇか」
「魔力で動いてるから魔動ドアだよ。っと、すみません。人払いをしているのでサクサク見て回りましょう」
ついつい陽太の呟きを拾ってしまったけれど、エント様の教会は暇つぶしのために町の子たちが入り浸っていると聞いている。追い出されたであろう子どもたちが敷地の外からこちらの様子をジーッと窺っているので手早く済ませなければ。
そう思いながら、僕は魔動ドアをしげしげと眺めている外交官さんたちを中に入るよう促すのだった。