後日譚443.事なかれ主義者は巻き込んだ
ファマリアの内壁の外側に広がる区画は概ね四つに分けられている。その中で工業区は東側に位置していて、その名の通り工房がいくつも並んでいた。
一つの町にこれだけの工房が必要なのか、と疑問に思うけれど町の子たちが雑用の手伝いを行いつつ、手に職をつけるために技術を見て盗んでいるのでそういった意味で集めているのかもしれない。
有名な職人の所を全部案内したいところだけど、正直工業区は広いのでとてもじゃないけど回り切れない。そういうわけで、仕事を止める事になって申し訳ないけど有名な職人さんたちにお願いして教会の前に集まってもらった。
ファマリアの中でも一番の腕を持つ鍛冶師のどこかで酒を飲んでいるという事で不在だったけど、事前にカンペを用意しておいたので何とかその他の全員を紹介できた、と胸を撫で下ろしていると、アールテアの外交官さんが困惑した表情で挙手をした。
「……私の耳がおかしくなったのでなければ、引き抜いても構わない、と仰いましたかな?」
「ん? ええ、いいましたよ。土地が足りていないって事で新しい人が入って来れないみたいですし、他の街に移動するのであれば止める事はしないです。もしも町の子たち……あー、っと。首輪をつけている子たちで見込みがありそうな子がいたら本人が望めば奴隷から解放しますので連れてってもらっても大丈夫です」
ホムラたちには後で共有すれば多分大丈夫だろう。……外交官さんたちが随分と驚いてるからミスったかもしれない。いや、でもレヴィさんが「人が集まりすぎるの問題ですわね」なんて事を言ってたしなぁ。
「僕からの案内は今日は以上ですので、この後は自由に散策してもらって構いません。また明日よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると外交官さんたちも慌てて頭を下げた。
それからお互いの顔を見合わせた後、アールテアとルカソンヌ王国の外交官さんは職人さんたちに話しかけに行った。ルフラビアも遅れてその流れに続いたけれど、ジーランディーの外交官さんとリリス様は僕の方に近寄ってきた。
「シズト様、この後ご予定はありますか?」
「あると言えばありますし、ないと言えばないですね」
子どもたちの様子を見るというのが予定と言えるのであればある、と言いたかったけれど、今日は夕方までは子どもの事は考えずに仕事をしてきてと言われたので、正直に言うとない。時間を潰すためにこの後は家族へのお土産探しでふらつこうかと考えていたくらいだし。
「そうですか。では少しお話しませんか?」
「職人さんのスカウトをしに行かなくてもいいんですか?」
「あの方々は海の中だと生活できないでしょうから」
「…………なるほど」
職人の中に混じっているエルフであれば精霊魔法で何とかなるんじゃないか、と思わなくもないけれど、ジーランディーの外交官さんがそういうのであればきっとそうなのだろう。
「エウドーラ様、独り占めは駄目ですよ。私もいるのですから」
「……もちろんです、リリス殿下」
さっき僕を独り占めしようとしていたのはどこの誰でしょうね、と言いたいけれど、言えないんだろうなぁ。僕も言えない。
代わりにリリス様にもジーランディーの外交官さん――エウドーラさんに聞いた事と同じ内容を質問した。
すると彼女は肩を竦め「私は領地貴族ではありませんから」と答えた。
「それよりも、シズト様とお話をする事の方が重要です」
「…………そうですか」
なんとかアプローチから逃れたいんだけど、陽太はやる気が欠片もなさそうだし、明はリリス様の近くに控えているだけで止める様子もない。エウドーラさんの案内役であるイチゴさんは陽太同様にリリス様から眼中にないという感じだろう。……いっその事、彼らを無理矢理巻き込んでしまった方が楽だな。
そう考えた僕は、とりあえず家族への手土産を探すついでに残ったみんなで一緒に工業区を見て回る事にした。
工房と聞くと鍛冶場ばかりかなと思っていたけれど、どちらかというと木工職人の方が多いようだ。その多くがエルフで、世界樹の素材を扱っている店もいくつかあった。
その時点で鍛冶師が多いけれど、彼らのお嫁さんだったり娘さんだったりするドワーフの女性たちは鍛冶場の一画を間借りして宝飾品や服飾品を販売していたけれどそれらは手作りのため一点物らしい。
いっその事彼女たちのための店も用意するのもアリかなと思ったけれど、土地が足りない問題がここでも出てくる。
「……服や宝石店とかが集まってる大きな建物を作ってしまうのもありかな?」
僕が明に問いかけると彼はしばし考えた後「いいんじゃないですか?」と同意した。
「ショッピングモールとか、百貨店のような物ですよね? 鍛冶場などをその施設の中に入れるのは難しいでしょうけど、宝石や服を作る時には炉は必要ないですし、店舗の一画で作っている作業を見えるようにするのもいいかもしれません」
「たしかに? ちょっとホムラに相談してみようかな」
僕の記憶や知識を受け継いでいるホムラだったら既に思いついているかもしれないけど、言うだけ言ってみよう。
そんな事を考えながら、僕はアクセサリーを品定めするのだった。