後日譚441.異大陸の外交官たちは自由を約束してしまった
リリス・レビヤタンがせっせと焼かれていく肉や野菜と孤軍奮闘していた頃、少し離れた所ではアールテアの外交官であるプランプトン侯爵とルカソンヌ王国の外交官であるラムシエル侯爵が足元をうろついていたドライアドを引き留めて話をしていた。
「つまり、あの作物はあなたたちが育ててるんですね? 世界樹の根元に広がっている畑の管理もしている、と」
確認するように尋ねたのはラムシエル侯爵である。
異種族に対する偏見は全くないようで、ドライアドたちを前にしても態度や言動に変化はない。
尋ねられたら答えるのがドライアドたちである。引き留められていたのは肌が白いドライアドと、肌が黄色っぽい小柄なドライアドだった。
「リーちゃんの所の畑は人間さんと協力してるんだよー」
「人間さんの場所でござるから、人間さんの言う通りにしているでござるよ。でも私たちの所はある程度好きにしていいと言われているでござる」
「えー、いいなぁ」
「なるほどなるほど。この高品質の野菜を君たちが育てていた、と。植物だったらどんなものでも高品質な物が育てられるのですかな?」
やり取りを聞いていたプランプトン侯爵が肉と野菜が交互に刺さった串を片手に話に割り込んだ。それに嫌な顔をせず、聞かれた事には素直に答えるのがドライアドである。
「んー、どうなんだろーね。良く育てる物だったら自信あるけど……」
「見た事もない物は教わらないといけないでござる。他の所にも私たちと似た存在がいて助かっているでござるよ」
「ドライアドから教わらないと上手く作れないのですかな?」
「そういうわけじゃないけどぉ、人間さんたちはちょっと植物について知らなさすぎると思うの」
「そうでござるなぁ。適していない所に植えたところで上手に育たないのは当たり前でござる」
「そう、そこが気になっていたのです。持ってきていただいた物は季節も育ちやすい場所も異なるものがありましたが、どうやって同じ時期に同じ場所で育てているのですか?」
プランプトン侯爵を押しのけて二人のドライアドに対してラムシエル侯爵が尋ねると、ドライアドたちは口を揃えて「リーちゃんたちのおかげだよ」と答えた。
「……先程から出てくる『リーちゃん』とは誰の事ですか? 世界樹の根元にある真っ白な毛玉のようなものですか?」
「ちがうよ、あれはわんちゃんだよ」
「わんちゃんは何も協力してくれないでござる」
「畑泥棒は一緒に捕まえてくれるよ?」
「でも最近は夜の子たちに任せて寝ているって言ってたでござるよ?」
話が脱線し始めた。だが、ラムシエル侯爵が「それで、リーちゃんとは誰ですか?」と再度尋ねると二人は指を差した。その先に二人の侯爵が揃って視線を向けると、そこには聳え立つ世界樹があった。
「なるほど。これは真似できませんな」
「そうですね。ですが、オールダムの作物の収穫量が上がったというのは彼女たちが関係しているのではないかと思うんですよね。実際の所、どうなんでしょうか?」
「しらなーい」
「わからないでござる」
「あなたたちに似た存在の目撃情報が各所で上がっているのですが……」
「こっちでもその話は聞いてるから十中八九間違いないと思うのですがね。そこの所、教えてもらえませんかね、ココロ殿」
「え、わ、私ですか? えっとぉ、そう、ですねぇ」
顔には出さず、黙々と食事をとっていた佐藤学の方をちらちらと見ているのは外交に慣れていない神崎心だ。話してもいいのかどうか迷っている様子がありありと出てしまっているのが答えだった。学は小さくため息を吐くと口を開いた。
「お察しの通り、一部のドライアドたちが協力してくれているようです。協力と言っても、気に入った作物だけの面倒を見ているようなのでそれに便乗する形で畑を広げているだけですけどね」
「なるほどなるほど。世界樹の根元じゃなくても彼女たちの力はしっかりと発揮される、と。是非とも我が領地でもご協力を頂きたいですな」
「私も同様の事を考えていましたが……アールテアではその様な事ができるのですか? 人族以外排斥するような考え方がそう簡単に全国民から取り除かれるとは思えないのですがねぇ」
「仮にまだその様な思想を持っている者がいたとしても、我が領地の者たちであれば利があると判断すればそんな物簡単に捨て去りますよ。なんて言ったって『商人たちの街』と呼ばれるほど経済に重きを入れているのですから。そういうわけで、どうでしょう? 私たちの所にきて手伝ってくれないでしょうか?」
「んー、やめとく~」
「なぜですかな? それなりの報酬は用意させていただきますが……」
「興味ないでござる~」
「……オールダムではどのようにしてドライアドたちの協力を得たのですか?」
「得たというか、勝手にやっているというか……僕たちにも正直分からないです」
「タダで教えろとは言いません。それなりの対価もオールダムに用意させていただきますよ?」
「もちろん、協力してもらえたら、ですがルカソンヌからもそれなりの対価を支払わせていただきます」
「そう言われても本当に分からないんですからどうしようもないです。ただ――」
「「ただ?」」
「率先して手伝ってくれる子の多くがこの子たちじゃなくてあの子たちなんですよ」
学が指差した先には褐色肌のドライアドたちがいた。外交官たちとドライアドの話を少し離れたところで聞いていたようでジッと見ていた。
「あの子たちは外にどんどん行くもんねー」
「人間さんにお願いされなくてもお仕事をするでござる」
「私たちは遠くの所にはあんまり興味ないからねー」
「……なるほど、興味深いお話ですね」
そう呟いたのは外交官でも学たち案内人でもなかった。
いつの間にか近くの椅子に座り、クリップボードに紐を通して首から提げた女性が紙に今知った内容をすごい速さで記録していた。
彼女の近くでは彼女が何を書いているのか気になるのか、ドライアドたちが髪の毛と首を伸ばして覗き込んでいる。
「あ、人間さん、こんにちは~」
「こんにちはでござる」
「どなたですかな?」
「シズト様の奥方様のどなたかでしょうか?」
「いえ、違います。ドライアドの事について研究している通りすがりの研究者です。ファマリアでの自由行動許可証はシズト様に頂いておりますので関係者ではありますが……ひとまず、私の事は気にせず、トネリコのドライアドたちとお話をしてみてはいかがでしょうか?」
金髪のその女性が手で指し示すと、様子を窺っていた褐色肌のドライアドたちがニコニコしながら駆け寄ってきた。
「面白そうな話してるね~」
「冒険の予感!」
「ひろげるぞ~」
やる気満々の彼女たちに対して、二つの国の外交官が勧誘を始めた。この勧誘がしばらくした後、少々トラブルに発展するのだが、それを予測できるはずの人物は興味深そうに外交官とドライアドのやり取りを見ながら紙に書き込み続けていたのだった。