後日譚431.賢者は慎重に答えた
急ぎの案件がある、とシズトに呼び出されたので二つ返事で了承した明だったが、女癖の悪さが悪化しているかつての級友を見て、いつも通り魔法を教えていればよかったかもしれない、と少し後悔していた。
「なぁなぁ、ちょっと二人であの店に入らねぇか?」
「結構です。それよりも、アキラ様。シズト様についてお話を聞かせていただけませんか?」
「……なぜ陽太ではなく僕に聞くんですか?」
「ヨウタ様だけではなく、アキラ様にもシズト様は気軽にお話をされているように見受けられたので親しい間柄なのかと思ったんですが……違いましたか?」
「親しい、というと語弊があるかもしれませんが、付き合いは長い方ですよ。前の世界からの知り合いなので」
「俺もそうだぜ!」
「そうですか。では、あそこの噴水のある広場にベンチがあるようですし、あそこでお話を聞かせてください」
「話せる事もありますし、話せない事もあります。それでも良ければお付き合いしましょう」
「かてぇこと言うなよ。アキラが言わなくても俺が何でも答えてやんよ」
「静人の事、そんなに詳しいんですか?」
明にジト目で見られた陽太は、彼にだけ聞こえるようにこそっと耳打ちをする。
「適当に株を下げるような事を言っときゃいいんだよ」
「…………この場でその様な考えに思い至るなんて怖いもの知らずですね」
止めた方が良いんだろうか、と思った明だったが、シズトはリリスを避けているように見えた。これ以上嫁を増やしたくない、という話もちょくちょく耳にしていたのでここは陽太ほどではないがそれとなく諦めるように誘導するのもいいかもしれない。
そこまで考えたところで、既に空いていたベンチにリリスが座っている事に気が付き、明は足早に彼女の前に向かった。陽太はというと既に彼女の隣に当たり前の用に腰かけていた。
(本当に節操無しですね。胸が大きければ誰でもいいんでしょうか)
流石にアプローチをかけている王女相手には不躾な視線をあからさまに向けていないようだったが、気づかれていても不思議じゃないだろうな、なんて事を考えつつも指摘はしない。
何から話そうか、と考えようとしたところで少し離れたところで獣人族の子たちが耳をピンと立てているのを見てリリスに「場所を変えませんか?」と提案した。
「どこだって一緒じゃないですか? 個室を用意できるのであれば話は別ですが……」
「どこかの店であれば用意できるかもしれませんよ」
「内壁区の中には露店ばかりで、個室のあるお店はどこも行列ができていたじゃないですか。並んでいる間に集合時間になってしまいますよ」
内壁の北区を自由に散策してもらった後は西にあるギルドを軽く見学し、その後に南区の公衆浴場などを見せる事になっていると明も聞いていたが、これだけ聞き耳を立てている者たちの前ではあまりシズトについて話さない方が良いだろう。それが良い事であっても悪い事であっても、影響は少なからず出るのが目に見えているからだ。
「それよりも、他の者たちが集まってくる前に、話をした方が良いんじゃないでしょうか?」
「……そうですね。手短かに済ませてしまいましょう。静人について何を知りたいんですか?」
「好きな女性の好みとか」
「それは――」
「胸が小さくて小柄なやつだな。しかも可愛い系だな。間違いない」
明らかにリリスとは正反対の特徴をあげた陽太。それを聞いてぴょんぴょん跳ねているのが遠目に見えるが、明はそちらを意識しないようにしつつ「違いますよ」と否定した。
「よく思い出してください。静人の正室や側室のほとんどが色々と大きい人が多いじゃないですか」
「パメラってやつとドーラってやつはどうなんだよ」
「……まあ、その二人は確かにそうかもしれませんが、それだけでシズトの好みだというのは早計でしょう」
「じゃあ獣人でモフモフの尻尾のある奴は?」
「エミリー様とシンシーラ様は確かに獣人ですけど、他の方々は人族の方が多いじゃないですか」
「では、アキラ様はどのような方がシズト様のタイプだと思われているんですか?」
「……正直そういう話をする間柄じゃなかったので分からないです。ただ少なくとも、差別意識のあるような人は好みじゃないだろう、とは言えますね。円満な家庭を築けるように努力しているようなので」
「他にはありませんか? それだけだと該当するご令嬢は多いので」
「先ほども言いましたが、分からないです。憶測の域を出ない事をここで話すべきでもないので他の質問にしていただけますと幸いです」
「……分かりました。それでは、好きな食べ物は何か知ってますか?」
「ドラゴンステーキだな」
「……まあ、アレを嫌いな人は限られるんじゃないですかね。レビヤタンではドラゴンを食べる事はあるんですか?」
「ありますよ。ドラゴンが生息している山が近くにありますし、フォレスト・アビスにもドラゴンはいるので。私も好物です。今度お会いする時には手土産としてドラゴン肉の燻製を用意するのもアリですね!」
(竜騎士をしている方はドラゴンを食べる事に忌避感を覚える、という話をどこかで耳に挟んだようですが、残念でしたね)
陽太の狙いは容易に想像できる明の意味深な視線を受け取った陽太は眉間に皺を寄せただけですぐに切り替えて「実は俺も大好物なんだよ!」と話を広げようとしていた。
そんな陽太を見ながら、陽太はやっぱり脈ナシっぽいな、なんて事を考える明だった。