後日譚430.事なかれ主義者はホッとした
大勢を引き連れ、ドライアドたちにわちゃわちゃと引っ付かれながら町の中を歩くと当然のように視線が集まる。
だけど、事前に通達していたので人が人を呼んで大集団になる事はなく、仕事をしている子たちは粛々と仕事をこなし、非番だからと好きな事をしている子たちは僕を追いかける事無く見送ってくれた。
ある程度歩いたところにあった小さな広場の所で一度立ち止まり、くるりと振り返ると建物や道路の様子を何やら見ていた人たちの視線が僕に集中した。
「こちらは『内壁区』です。その名の通り内壁に囲まれた区画で、僕と契約を結んでいる子たちが暮らしています」
「質問してもよろしいでしょうか」
魚人国ジーランディーから来た方が律儀に挙手をした。
彼女の見た目は人族に近いけれど、露出された肌の所々に魚の鱗のようなものがあった。それだけで魚人なのか、と思ったけれどあげられた手をよく見ると水かきがある。他もよくよく見れば人との相違点が見つかるんだろうけど、あんまりじろじろ見ているとあらぬ疑いを持たれるかもしれないので目と目を合わせるだけに留めた。
「奴隷はいったい何人いるんでしょうか」
「分かんないです」
「……契約を、結ばれてるんですよね?」
「名前を貸してるだけなので……」
どれだけの奴隷を抱えているのか気になるところだけど、知ったらすぐに解放して少なくしたい衝動にかられそうなのでホムラたちには詳しい事は聞いてない。世の中には知らない方が良い事もある。
「私からもよろしいでしょうか?」
次に手を挙げたのはルカソンヌ王国から来た男性だ。
彼は僕から「どうぞ」と言われると、意味深にある人物を一瞬見た後、話し始めた。
「奴隷は人族しかいないのですか?」
「いえ、そういう訳じゃないです。各国の内情は事前に把握しているので、トラブルを避けるために僕たちの前に姿を現さないようにと厳命しているだけです」
「なるほど。異種族を見ると誰彼構わず捕えようとする輩もいるそうですし、当然の事ですね」
「その様な事を私がする訳ないでしょう。現に、ジーランディーの方には何もしていませんよ?」
不服そうな声をあげたのはアールテアの外交官である丸々と肥えた男性だ。
彼の言う通り、魚人の女性には何もしていない。外交官に選ばれるんだから表面上は上手く取り繕えるのか、差別意識がないのか――どちらにせよ、案内をしている間は仲良くしてほしい。
「そちらこそ大丈夫なんですか? この町にある教会はいずれも剣の神の物ではないと事前に言われていますが……。異教だからと武力行使しないでほしいんですがね」
「その様な事をしていた過激派は衰退しつつあるのでご心配なく。あ、ちなみに私は穏健派に所属しているので他の宗教に対して何か思う所はありませんよ」
「あ、はい。……とりあえず、建物の案内をしていいですか?」
誰からも異議が出なかったので近くの建物に向かう。
どれも似たような外観の建物なのでどれを見ても一緒なんだけど、人払いを済ませている建物はここしかない。
「入り口がいくつもあるんですね」
興味深げにそう呟いたのはリリス様だ。
「それぞれが別の部屋になってるんです。一つの部屋に一人で暮らしている所もあれば、四人以上で暮らしている所もあります」
「奴隷なのに個室を与えているんですか? あ、一つの部屋がとても狭いとか……」
アールテアの人が驚いた様子で聞いて来たけど、他の人も似たような印象を受けたのだろう。
まあ、僕たちの考え方がこちらの世界の人とは随分とかけ離れているというのは重々承知なんだけどさ。
「狭いかどうか、と言われると難しい所ですけど、きちんと働いていて希望する子には個室を与えるようにしています」
前世の部屋の大きさの基準であれば普通くらいなんじゃないかと思うけど、今の生活している部屋の広さを考えると狭い部屋ともいえる。
ただ、そんな狭い部屋でも奴隷に与えるにはきっと広すぎるんだろうな、なんて事を考えながらもさっさと見せた方が分かりやすいだろうと一階の角部屋の扉を開いた。
扉を開くと真っすぐに廊下が続いていて、左側に二つ、前に一つ扉がある。
「ここはトイレですね」
「当たり前のように一人用なんですね」
僕が場所を開けると順番に中を覗いていた内の誰かが呟いた。多分声的にアールテアの人だろう。
「公衆トイレじゃないのでいくつも便器は並んでないですよ。それに女の子が使う部屋ですし。こっちは寝室のようです。一人で使っているのでベッドは一つですけど、人数が増えると机じゃなくて二段ベッドがいくつか並びます」
女の子の部屋を勝手に見学させるのは気が引けるけど、本人から了承を得ていると言われているし、なにより奴隷の部屋を主が見るのは何も問題はないと皆に言われたので気にしないようにしている。しているんだけど、やっぱり気が引けるなぁ。
部屋の中はきちんと整頓されていて、ベッドの上には可愛らしい人形が置いてある。
机の上にはぬいぐるみの材料のような物が並べられていて、作成途中のものがあった。将来はぬいぐるみを作る人になりたいんだろうか。
壁には気のせいじゃなければ僕の絵姿が飾られている。ただ、部屋の中に続々と入った人たちはそれを気にした様子もなく、置いてある小物や部屋の広さに驚いている様だった。
ジーランディーの外交官が僕の方を見て「これらは全てシズト様が与えた物なんですか?」とか「お金の所持認めているんですか?」などと聞いてくるたびに僕は頷く。
その後も部屋を観察していた人から質問が続いたけど、壁の絵姿や机の上に当たり前のように飾られていた僕の像とのツーショットには誰も触れなかった。