後日譚421.事なかれ主義者はしっかり寝させたい
仕事をこなして戻ってからは食事や風呂、トイレ以外のほとんどを社交パーティーの練習に費やした。
ただ、簡単に身に着いたら苦労はしない。夜遅くまでランチェッタさんからの指導を受け、気が付けば日が変わっていたけれど『安眠カバー』のおかげで目覚めはすっきりしている。
パーティーのためにエルフたちの正装に着替えて廊下に出ると、既にモニカが待っていた。いつもの侍女服に身を包んだ彼女と挨拶を交わすとそのまま階段を降りて外に出る。
外には昨日の夜更かしの影響が全く見受けられないランチェッタさんが待っていた。今回はパーティー用のドレスを着ているけど露出が少ない魔道具化したドレスを着ている。
陽太がいる事を考えたらそれでいいと思うけど、ランチェッタさんはそういうのは気にしてなくて、たぶん向こうの大陸ではまだ着ていないからとかそんな理由だろう。
「お祈りをしたらすぐにでも向こうに行くわよ」
「……ノエルとかいないし、少しゆっくりしてもいいんじゃないかな」
「ホムラとユキがいつも通り彼女の部屋に行ったから問題ないわ。新年会の前にマナブと話をしながら朝食を食べる約束をしているから手早く済ませて頂戴」
「はい……」
向こうでの最近の情勢とか聞いて対応を考える事になっているので余り遅れ過ぎてはいけない。ノエルを連れてくるのに時間がかかればきっと彼女たちを待たずに先に行く事になるんだろうな。
そんな事を考えながら祠の方へと歩いて行くと、レヴィさんを筆頭に、暇を持て余していたであろうお嫁さんたちが祠の手入れをしていた。
「みんな早いね。ちゃんと寝てる?」
「日頃の農作業のおかげでぐっすり快眠なのですわ!」
「レヴィア様は寝つきが良いので私もちゃんと眠れてますよ」
「羨ましいわ。ランチェッタ様は放っておくと明け方まで何かしてるからなかなか睡眠時間が取れないのよね」
「先に寝て良いって言ってるじゃない」
「主よりも先に寝る侍女なんていないんですよ。それに私が寝たらずっと起きてるつもりですよね? シズト様からも注意してください」
「えっと……夜更かしは美容の大敵らしいよ?」
あんまり女性に言うべき事じゃないよな、なんて事を思いつつもそういうとランチェッタさんは眉間に皺を寄せた。
「寝ようと思ってもいろいろ気になって眠れないから仕方がないのよ」
「仕事中毒ですわ」
「土いじり中毒のあなたには言われたくないわ」
「なかなか寝付けないなら『安眠カバー』使う?」
「使わないわよ」
「ディアーヌさんに言ったんだよ」
「シズト様、主を無理矢理眠らせる侍女はいないんですよ」
「…………なるほど?」
極稀にするお昼寝の時に膝枕を強要してくる侍女がいたような気がするんだけど気のせいかな、とディアーヌさんをジッと見たけれど彼女は素知らぬ顔で見返してくるだけだった。
「シズト様、お久しぶりです。ようこそお越しくださいました」
「様付しなくていいですよ。……ちょっとやつれました?」
出迎えてくれたマナブさんはちょっと見ない間にさらに大人っぽくなったように思うけど、それよりもやつれた印象を受けるのは気のせいではないだろう。実際彼は特に否定する事はなく、頭をかいた。
「最近あんまり食事をする時間がないので……」
「そうなんですね。じゃあ一緒に朝ご飯をしっかり食べましょう」
「そうですね。『新年会』ではあまり食事をする事が出来ないかもしれませんし、しっかりと食べないと……」
「そうなんですか? 僕もしっかりと食べておいた方が良いかな」
「シズトシズト。きっとシズトは食べる時間はあるから大丈夫なのですわ」
「そうなの?」
「そうなのですわ」
「むしろちょっと一休みをしたい時のために何かしら食べる事ができるようにしておいた方が良いわよ」
「ランチェッタ様はどうせ外交のために食事をするつもりがないんでしょうし、しっかりと食べておきましょうね」
「言われなくてもちゃんと食べるわよ!」
言い合いを始めた主従の事は放っておいて、マナブさんに「とりあえずご飯を食べに行きましょう」と促すとそのまま彼が案内してくれた。
当然のように僕の体に引っ付いていたドライアドたちの分の席も用意されていたので彼女たちをそこに座って大人しくしているようにお願いしたけれど、レモンちゃんは肩の上から退くつもりがないようで空席が一つできてしまった。
部屋付きの侍女の一人にお願いしてその椅子を片付けてもらう頃には皆席についていたので僕も椅子に座る。話すべき相手であるマナブさんは正面のお誕生席に座っていて、彼の近くにはこの地の他の勇者二人が席についていた。
とりあえず気になった事は置いておいて、給仕してもらった料理が冷めてしまう前にと食前の挨拶をしてから食事を始めるのだった。