後日譚.418.若き女王は他事を考えながら話し続けた
各国の思惑が渦巻くのは国際会議も国際交流会も変わらない。当然、影響力の高い所には多くの者が集まり、何かと接点を持とうとする。
ガレオール主催の『新年会』ともなれば、夫であるシズト以上にランチェッタの所に人が集まるのは当然の事だった。
転移門が常設されていないニホン連合の国々や、小国家群の王たちは口を揃えて「我が国にも『転移門を』」と主張する。
当然、ランチェッタの答えは「わたくしには作れないからご希望には添えないわ」だった。
「全く……わたくしが作ったわけじゃないのにこっちに話が来るのは困った物だわ。貴方がしっかりと対応してくれないとこっちが大変なのよ?」
「んー」
「分かってるのならいいけど……。ああ、あとわたくしの方にもチエコにお見合いの話を持ってきた人が何人もいたわ。加護が無くてもガレオールの王位継承権があるからつばでもつけておこう、という魂胆なのかもしれないわね。候補にあげられるような相手ですらない人が殆どだったから断っておいたけれど、問題ないわよね?」
「んー」
「まあ、そうよね。貴方は自由恋愛推奨派なんだから。……でも、決められた結婚も悪くはないと思うのよね。いい相手がいたら話を進めてもいいかしら?」
「んー…………って、駄目だよ! わっ!?」
「そう、だめなの。残念だわ」
ランチェッタとの会話で集中が途切れたシズトがダンスの最中にバランスを崩した。配偶者の中でも体格さが大きいランチェッタとのダンスは他の事を考えながら行う事はできないようだ。
ランチェッタはまだまだ練習が足りないわね、なんて事を考えながらシズトのフォローをして転倒する事を免れた。
「ほらほら、ダンスに集中集中」
「集中させてくれないランチェッタさんが悪いんじゃないかな」
「無駄口叩いてないでテンポをあげて行くわよ」
ガレオールの楽団の演奏がだんだんと早くなっていき、周りで踊っている者たちもだんだんとその動きが激しくなっていく。
それに釣られたのか個々で自由気ままに踊っていたドライアドたちも澄ました顔でわちゃわちゃ動き回る。
ぶつからないように気を付ける、なんて事が今のシズトにできる訳がないのでランチェッタはそれとなくリードしながら独り言のように話を続け、シズトは生返事を繰り返すのだった。
ダンスが終わればランチェッタに待っているのは他の国々の王との話し合いだった。
身分は同じだが、国力は圧倒的な差がある小国家群の王たちの求める事は概ね予想通りだった。
「是非とも支援を頂きたい」
「それを行うメリットが何かあるのかしら?」
ランチェッタの前には小国家群の中で一番大きな国シラクイラの女王イルヴィカ・ディ・シラクイラがいた。穏やかな笑みを浮かべた彼女はランチェッタからの問いかけに「もちろんございます」と答えた。
「ニホン連合のように連合化ができれば無益な争いも事前に止める事もできるでしょう。そうなれば貴国が望むシグニール内の安定化が進み、他の大陸との競争に専念できる。そうでしょう?」
「そして、連合化した後はまとめ役として他の国々を引っ張っていく事ができるように支援をしてほしい、という事ね」
ランチェッタはたとえどのような小さな国だろうと油断する事はない。その油断が命取りになる事を知っていたからだ。だが、それでも遠く離れた国の女王が自分の目的をしっかりと理解し、その上で提案してくるとは期待していなかった。
他の国々の多くが支援を求めるだけだったからきっとこの国もそうなのだろう、とどこかで思ってしまっていたのかもしれない。
(認識を改めて交渉した方が良いわね)
そう判断した彼女は、眼鏡をつけていないため険しい表情のまま話を続けた。
「条件付きで後ろ盾になってもいいわ。必要に応じて経済的な支援も行いましょう」
「ありがとうございます」
「ただ、知っての通り転移門の予備はないから連合化してもニホン連合のように転移門を設置する事はないわ。エンジェリアにも後ろ盾になるように交渉している最中なのでしょう? 不便でしょうけどそちらの転移門を使うようにして頂戴」
「わかりました」
「条件面や支援内容の細かい所はまた後日でいいかしら?」
「もちろんです。ガレオールの女王陛下ともなると何かと忙しいでしょうから」
話はおしまい、という事でランチェッタはイルヴィカに視線で下がるように促し、彼女は柔和な表情を崩す事もなくゆっくりとした動作で離れて行った。
(シラクイラは小国家群の中でも大きい方だし、なによりエンジェリアに近いから商業的にも他国よりも一歩抜きんでているはず。そう考えると連合の議長国になってもらうのは悪くないけれど……争いの絶えないあの国でそれを成せるのかどうか……)
今のガレオールならば小国を支援する程度の余裕はある。もし上手くいかなかったとしても他の事で十分元は取れるはずだ、と判断したが自分の考えが間違っていないか他の国々の王や貴族と話をしつつも脳内でシミュレーションを繰り返すのだった。