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後日譚409.年老いた国王は立ち聞きして回る

 クレストラ大陸の中でも有数の農業王国であるファルニルの王ルナール・ド・ファルニルは即位してから三十年以上ファルニルを統治してきた王である。

 そろそろ次の世代に国の行く末を託してもいい頃合いだと考えていたのだが、如何せんどの子どもも頼りなく、なにより国際情勢が激動している状況で降りる訳にはいかなくなってしまっていた。

 幸いな事に大病を患っても世界樹の素材を用いた秘薬エリクサーはほどほどに供給されている。日頃から健康に気を付けていればまだまだ生き続けられるはずだ。

 だから今後の事を考えて急いで行動する必要はないのだが、ファルニルの強硬派はそうではないらしい。


「…………流石にこのような祝いの場では愚かな真似はしない、か」


 踊っている者たちを眺めるふりをしながらそれとなくファルニルから来ている者たちに目を光らせていたのだが、強硬派たちは想定通り大人しかった。

 強硬派と言ってもファルニルの事を想っているのは間違いない。

 クレストラ大陸の各地から王侯貴族がやってきている祝いの場で何かしら問題を起こせば非難をされるのはファルニルという国そのものである。

 そうなったらルナールを玉座から引きずり降ろす事も出来なくはないかもしれないが、その後神輿に担いだ相手を補佐するのが大変だという事を想像する事はできるようだ。

 大人しく重要人物に話しかけるタイミングを窺っているようだが、肝心のシズトはというと側室の一人である翼人族の女性と共に部屋の中心で立体的に踊っていた。……踊っているというより、踊らされているの方が正しいかもしれない。


「楽しいデ~ス! テンポが上がるともっと楽しいデスよ! テンポ上がらないデスか?」


 大きな声で翼人族の女性パメラが問いかけるがそれに答える者は誰もいない。

 楽団の者たちは困惑した様子で指揮者を見たが、ここはあくまで上流階級の者たちが集い、交流する場である。演奏する曲は決められているし、その曲を好き勝手引くわけにもいかない。それが例え、シズトの側室からの要望だったとしても、だ。

 結果的に無視される形になったのだが、パメラは気にする様子もなく、シズトは気にする余裕もないようで踊りがさらに激しくなっていった。

 その様子を目で追いながら近くの話し声に耳を傾けるルナール。

 彼の近くでは数人の貴族が集まっていて、その中にはファルニルの強硬派筆頭でもあるラロク辺境伯がいた。

 先程までは歓談していたのだが、静まり返っていたのは自由気ままに飛んだり跳ねたり踊ったりしているパメラに気を取られていたからだろう。


「ハイランズの方々も同じように飛んだり跳ねたりしてもよろしいんじゃないですか?」


 静寂を破るように口を開いたのは獣人の国ハイランズの北にある国ティエールの貴族だった。過去に確執でもあるのか、お互い笑みを浮かべているが目が笑っていない。


「…………とても魅力的なご提案ですが、主役より目立つわけにはいきませんので。それよりもこのサラダはとても美味しいですね」


 しばらくの間が空いた後、ティエールの貴族が肩を竦めながら辞退すると、そのまま話を変えるために近くのテーブルに置かれていたサラダに話題を移した。「当然ですよ」と、答えたのはラロク辺境伯である。


「それは我が国の作物をふんだんに使った物ですから。シズト様がお作りになられる物と比べるとどうしても劣ってしまいますが、このクレストラ大陸の中だけであれば我が国の作物よりも良い物を見つけるのは不可能だと自負しております」

「生産量が増えればもっといいのですがね」

「そこはご安心ください。悪天候のために不作になる年もありましたが、シズト様がご健在である間はその様な事も起こらないでしょうから。問題は農作地に限りがある事ですが……『魔の山』の開拓が進めばこれも解決するでしょう」


 ルナールはラロク辺境伯の方を見ていなかったが、彼女が自分の方に視線を向けているのは分かっていた。

 彼女と話をしていた者たちの視線も感じたが、それに気づいた様子も見せずにワインを飲みながら踊っている者たちを眺めている。

 再びしばらくの沈黙がラロク辺境伯の周囲を支配したが、それを破ったのはやはりティエールの貴族だった。


「ラロク辺境伯も当然、『魔の山』の開墾に参加されているんですよね?」

「ええ、もちろんですとも。今年はさらに力を入れるために隣の領地を治めているギュスタン様に婚約をつい先日申し込んだんです。色々配慮する必要があるからとその場ではお答えして頂けませんでしたが、ファルニルの未来を考えたら手を取り合って『魔の山』の攻略をするのがいいとギュスタン様もお考えになるに違いありませんわ」


 ラロク辺境伯の周囲にいた男性たちは口々に残念だと言っていた。独り身である彼女に縁談を申し込むのも考えていたのだろう。ただ、相手が『生育』の加護を授かったギュスタンであれば分が悪いのは分かり切っている事だった。


(『生育』の加護を授かった者がファルニルの者と結ばれるのなら悪くはない…………が、辺境伯の当主同士が結ばれるのは力関係が一気に崩れかねないな。強硬派の狙いはそこだろうから他の者をと言った所で聞く耳は持たんだろう。集まった情報から加味するとラロク辺境伯と結ばれる事はほぼないだろうが……万が一にも結ばれないように何かしら手を打っておく必要があるな)


 ルナールはそんな事を考えながら飲み干したワイングラスを近くを通りかかった侍女に渡すと、料理を物色する振りをしながらファルニルの他の派閥の貴族たちの近くへ移動する。

 話に夢中になっているからか、それとも何かしらの魔法や技術を使っているのか――移動しているルナールの事を気にする者はほとんどいなかった。

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