後日譚407.ドライアドたちは首を傾げた
世界樹フソーの周りに広がる建物の中でも一際大きく、真新しい建物で新年最初の国際交流を兼ねた『新年会』が開かれている。
出席者の王侯貴族だけではなく、『新年会』を運営するために多くのエルフが建物の中を行き交っていた。
その中を褐色肌のドライアドたちが一列に並んでてくてくと歩いている。
シズトの後をついてきた彼女たちは会場から抜け出した後は堂々と廊下を歩いていた。
会場周辺の通路には当然のように警備が等間隔に待機していたのだが、彼らはドライアドに対して何かアクションする事はない。彼女たちは危害さえ加えなければ大体無害であると知っているのもあったが『きっとシズト様が許可したのだろう』という思い込みもあった。
そういう訳で、他のドライアドたちと別行動をしていても特に止められる事はなく、廊下に飾られている花瓶の花を眺めたり、窓から外を眺めて庭の状況を遠目に見たりしていた。
「あの庭はフソーちゃんの所の子たちが手伝ってるのかなー」
「どうなんだろうねぇ」
「遠くからじゃ分かんないね」
「窓開いてるねー」
「近くまで行ってみる?」
「それもありかも~」
「でも、遠く離れすぎたら戻ってくるの大変じゃない?」
「それもそうかも~」
「じゃあ外に出ないで探検を続けるのはどうかな?」
「それならきっと戻るのにも時間はかからないよねー」
「そうだね。そうしよ~」
窓枠から離れた彼女たちは再び歩き出した。
通路にはいくつもの扉が並んでいて、扉の向こう側は同じような配置の部屋ばかりだった。社交パーティー中に休憩をしたり、個別で話をしたい場合に使える場所として用意された部屋だった。
そのいくつかは使用中のようで扉が閉められているが、まだパーティーが始まったばかりという事もあり使われていない部屋の方が多かった。
室内には部屋付きの侍女としてエルフの女性が控えていて、扉をくぐって入ってきたドライアドたちにすぐに気が付いた。
「? 何か御用ですか? あ、シズト様から何か言伝でもされているとか!?」
「? 人間さんから? 何も言われてないよ?」
「言われてないねー」
「他の人間さんたちとお話しするのに忙しそうだもんね~」
「そう、ですか。……よくよく考えたら当然ですよね。ただそうなると、あなたたちはここに何をしに来たのでしょうか?」
「お散歩だよ~」
「探検ともいう~」
「場所を覚えておいたら色々便利でしょ~」
声を揃えて「ね~?」というドライアドたち。
彼女たちの話を聞いて首を傾げていたエルフの女性は、何かに気付いた様子でハッとした。
「なるほど、何かあった時にシズト様をご案内できるようにという事ですね。ホールの一番近くにシズト様専用のお部屋が用意されているのでまずはそちらを見に行ってはいかがでしょうか? この部屋よりも広く、一級品の家具ばかりなのでくつろげるかと」
「そうなんだねー」
「また戻る時に見てみる?」
「そうしよ~」
ドライアドたちの中で結論が出た後はエルフの女性を気にした様子もなく部屋を見て回った。
ただ、探検にかけられる時間もあまり長くはない。窓から入ってくる光の量や、空気の流れなどを確認し終えるとそのまま部屋を後にするのだった。
探検をしている間に澄ました顔でいる事も忘れ、いつも通り賑やかにお喋りしながら廊下を歩くようになっていた褐色肌のドライアドたちは、何かに気が付いたかのように同時に足を止め、話すのもやめた。
鼻をひくひく動かし、それから同じ方向を見ると歩き出す。
向かった先に会ったのはとても広い厨房だった。パーティーで出される料理は既に作られて搬入された物もあるが、この場所で作って運び込むものもあった。
厨房の中では各国選りすぐりの料理人グループがそれぞれ別々の料理を作っていた。
「むむむ。私たちの野菜が全然使われてない気がする!」
「むむむ? どうして使われてないのかな。人間さん渡し忘れたとか?」
「む~~……道を作って取ってくる?」
「そうしよ~」
「こんな事もあろうかと、種を持ってきたよ!」
「私も持ってる~」
「みんな持ってる~」
「……どこに植えようね?」
「一回外に出る?」
「そうするしかないね~」
「植えるのは一つだけでいいかなぁ」
「いいんじゃないかなぁ」
ペタペタと足音を立てながらドライアドたちが廊下を駆けて行く。
しばらくして戻ってきた彼女たちは両手に一杯の作物を持ち、尚且つ明らかに人数が増えていた。
流石にそれだけのドライアドがペタペタと足音を立てながら近づいて来れば気づく者も出てくるのだが、彼女たちは気にせずに食材を入り口近くの台の上にせっせと乗せた。
「…………なんだあれ?」
「ドライアドってやつだろ」
「いや、それは分かるけど、なんで食材を持ってきたんだ? 十分足りてるだろ?」
「使えって事か?」
「ファルニルの物を使うって話だったろ? 他の物を使ってもいいのか?」
「仮に使ったとして、味のバランス崩れるんじゃないか?」
「何も言われてないし、とりあえず様子を見るか」
「そうだな」
遠巻きに見ながら料理の手を止めない料理人たち。
食材を置き切ったドライアドたちは入り口付近に戻ってジッと中の様子を窺っていたのだが、誰も手に取らない事を不思議がっていた。
それならばとあれもこれもとさらにいろんな種類の食材を持ってきた彼女たちだったが、それらは結局使われる事もなく、仮面をつけたエルフがやって来たかと思うとアイテムバッグの中に回収されるのだった。