後日譚404.道楽貴族は一番最初
クレストラ大陸にあるすべての国から参加者を募って開かれる『新年会』の会場は、今回のために作られたとても大きな建物だった。
天井は高く、頭上では大きなシャンデリア型の魔道具が光を放っている。
各国からやってきた楽団が代わる代わる演奏をしており、給仕をするために行き交う者たちは美男美女ばかり。
そんな場所に立っているギュスタンは、未だに場違いだと感じつつも背筋を伸ばして立っていた。
彼の隣には煌びやかなドレスを身に纏ったエーファが立っていた。彼女は大柄だが、流石にギュスタンと比べると多少小さい。
彼女もギュスタンと同様、このような社交の場に出る事はそうそうなかったため、場違いだと感じているようだが大人しくギュスタンの近くに控えていた。
「それではまた後日お話ししましょう。その時は是非ギュスタン辺境伯ともお話ができたら幸いです」
「ええ、是非。ルモニエ領にお越しいただければ自慢の野菜をふんだんに用いた料理を振舞わせていただきます」
ギュスタンの近くで他国の貴族の対応をしていたルシールが満面の笑顔でそう言った。
ギュスタンたちの中で一番小柄な彼女だが、他家との付き合いに関しては誰よりも慣れていた。
ドレスも着る事に慣れているので何かに引っ掛ける事もなければ踏んづけて転びそうになる事もない。
(ルシールの方は問題なさそうだな)
反対側に視線を向けると、サブリナがファルニルから参加するためにやってきた人たちと何やら話をしている所だった。その中にはギュスタンの父と弟もいる。彼らはギュスタンの視線に気づきつつもサブリナと話をする事を優先しているようだ。
「…………旦那様、何かお食べになりますか?」
「そうだね。せっかくだし頂こうか。ドラゴンステーキもあるみたいだね」
「貰いに行ってきます」
そう言ってエーファが離れていくとポツンと佇む事になってしまうのだが、他の二人がせっせと役割をこなしているのに自分だけ何もしないのは思う所があるのだろう、とギュスタンは彼女に任せる事にして視線を別の所に向けた。
視線の先にいるのはリュシアン・ド・ファルニル。ファルニルの国王だ。
ファルニルの状況が状況だからあまりこういう場には出て欲しくなかったのだが、そういう状況だからこそ『新年会』に出席したのだろう。
彼の周囲を固めるのは公爵のみで、二人で何やらのんびりと話をしているようだ。
ファルニルから参加している他の出席者は流石に国際交流の場だからとギュスタンの方へと来る事はなく、各々別の国の貴族と会話をしている様だった。
「…………流石に何も起こさない、よな」
ファルニルから来た貴族たちの三分の一くらいは強硬派だ。残りの三分の一は穏健派で、残りが中立的な立場を貫いている者たちである。
人数のバランスを見ても国王が上手くコントロールしているようにも見えるし、祝いの席で問題を起こせばシズトやエルフたちだけではなく、クレストラ大陸にあるすべての国から非難されるのはファルニルという国そのものだ。何も起きないでほしいと願わずにはいられないギュスタンだった。
ギュスタンの心配を他所に『新年会』は着々と進んでいく。全ての国の出席者が入場してしばらく経った頃に「シズト様がご臨席です」と扉付近を見張っていたエルフの大きな声が会場に響いた。
会場の中でも一番大きく、豪華な扉が静かに押し開かれた。
先程までガヤガヤと騒がしかった室内が静まり返り、エルフの楽団が演奏を始めた。
近くにいたサブリナとルシールが頭を下げたところで、慌ててギュスタンとエーファも同じように頭を垂れた。
扉をくぐって最初に入ってきたのは人族の幼児のような見た目で、頭の上に花を咲かせたドライアドという種族だった。十人ほどの彼女たちはおすまし顔で歩いていて、彼女たちに囲まれるような形で会場に入城したシズトもまた、真面目な表情で歩いている。
そして彼の後から入場したのはシズトの配偶者たちだ。煌びやかなドレスを着ている者もいれば、高ランクの魔物の素材を用いて作られた防具に身を固めた者もいる。
ドライアドの先導の元、ムサシが控えていた場所までシズトたちが移動すると、楽団の演奏が止まった。そのままシズトは用意されていた椅子に座ろうとして、なにやらアタフタとしていた。
「頭を上げてください。あと、パーティーも再開して大丈夫です」
彼の声は小さかったが、魔道具によって増幅され、会場中にしっかりと届けられた。
ギュスタンが顔をあげると、近くにいたルシールが「お言葉は頂けないのかしら」と不思議そうに呟いていた。
「たぶん僕たちと同じように彼も慣れてないんだと思うよ」
「……そっか、シズト様は社交パーティーに出席される事がほとんどないんだっけ?」
「どうしても参加しなくちゃいけないものとかは参加してるみたいだけど、基本的にご飯を食べて過ごしてるって前言ってたよ」
「そっか。じゃあちょっとくらい誰かが無作法を働いても気づかれないか」
「彼の周りを固めている方々は気づかれるだろうから何もないのが一番なんだけどね」
ギュスタンが苦笑を浮かべながらそういうと、ルシールは「やっぱりそうだよねぇ」とため息交じりに呟いた。
話が終わったところを見計らったエーファが彼の服の裾をクイクイと引っ張った。
「? どうしたの?」
「いや、気のせいじゃなければなんだが…………呼んでないか?」
「え?」
ギュスタンはぎこちない笑みを浮かべてどこかを見ているエーファの視線を追った。そして、バチッと目が合った。相手はホッとしたような表情を浮かべて手を振っている。
「…………各国の王族の方々よりも先に行ってもいいと思う?」
「普通は駄目だけど、向こうが呼んでるなら行ってもいいんじゃないかな?」
数段高い位置にある椅子に座ったシズトが手を振って合図を送っているのは間違いなく自分だろう。
周囲にいた人々の視線が痛いほど突き刺さっているように感じながら、ギュスタンは重い足取りでシズトの元へと向かうのだった。