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後日譚398.元訳アリ冒険者は人目が気になるだけ

 世界樹ファマリーの根元に建てられた『本館』と呼ばれる大きな建物には、異世界転移者が住んでいる。

 その異世界転移者は他の者たちと同様に風呂をこよなく愛しているため、屋敷の中には大浴場があり、隣接する形で設けられた脱衣所には魔道具が大量に置かれていた。

 そんな魔道具の一つである『マッサージチェア』に座り、されるがままな状態で微睡んでいるのはラオという女性だ。

 あまり活動していないとはいえ鍛錬を欠かさない彼女の四肢は鍛え上げられ、無駄な脂肪はどこにも見受けられない。大事なところ以外は隠していない丈の短いタンクトップの下には見事に割れた腹筋が存在を主張している。

 それをツンツンと突っついているのは彼女の妹であるルウだ。

 ラオと同様に大柄な彼女は、ラオと同じ服を着ているためおへそも太腿もそのほとんどが露になっているのだが、脱衣所には二人しかおらず、それをジッと見る者はいなかった。


「ねぇねぇ、ラオちゃん」

「…………」

「狸寝入りをしているって事は分かってるのよ、ラオちゃん」

「あんだよ」

「シズトくん、まだダンスの練習をしてるんだって。ラオちゃんはダンスをしに行かなくていいの?」

「なんでアタシがそんな事をしに行かなくちゃなんねぇんだよ」

「でもエンジェリアでのパーティーには私たちも出席するんでしょ? だったら私たちも踊るかもしれないんだし練習位しておいた方が良いんじゃないかしら」

「お偉いさんたちの中で踊るなんて絶対しねぇから。お前が踊りたいんだったら止めやしねぇけど、アタシはいつも通り護衛として行くから練習する必要もねぇんだよ」


 これ以上の問答は不要だ、とでも言いたげに目を閉じたラオを見て困ったように眉を下げたルウだったが、髪を乾かし終わったので脱衣所から出て行った。

 ルウが出て行ってからはシズトとダンスをし終えた面々が続々と脱衣所を訪れては去っていく。

 それでもラオはマッサージチェアから動く様子はない。長々と泡風呂で遊んでいた小柄な女性二人組が脱衣所から出て行って静かになり、既に込めた魔力が切れてマッサージチェアが動かなくても彼女は微動だにしなかった。

 だが、日が変わるまであと一時間ほどとなった時、何かに気が付いた様子で彼女は目を開いた。

 脱衣所の扉が開かれて黒髪の男性が入ってくる。

 転移者特有の幼い顔立ちをした彼はラオの夫であるシズトだ。肩の上には当然誰も乗せていない。

 そんな彼は迷う様子もなくマッサージチェアの方へと歩いて行く。


「ごめんね、ラオさん。お待たせ」

「……アタシがいるってよく分かったな」

「ルウさんがここにいるって言ってたから。……それより、こんな遅くなっちゃったし、当番は明日以降にする?」

「別に構わねぇよ。さっさと風呂済ませるぞ」

「ちょ、ちょっと! 目の前で脱ごうとしないでよ! 間仕切りの向こうで着替えて!」

「チッ。面倒くせぇなぁ。今更じゃねぇか」


 一糸まとわぬ姿なんてこれまでたくさん見て来たのに、未だに別々で服を脱ぐ必要があるのかとラオは疑問だったが、シズトがうるさいので言われた通り二人の間に間仕切りを置いて手早く湯浴み着へと着替えた。

 初期の頃は周りに合わせて扇情的な物を着ていたのだが、最近は布面積は普通くらいのビキニを着ていた。それでもシズトはそっと視線をそらしてはチラチラと見ているようだったが。


「先行ってるぞ」

「はーい」


 冒険者をしていた頃に必要に迫られて身につけたのは食事の早さだけじゃない。着替えの早さもそうだった。

 いつも通り浴室へ一人で向かった彼女は、そのまま扉を開けて中に入る。浴室は湯気とハーブ系の香りが充満していた。

 ラオはずらりと並んだ洗い場に置かれた風呂椅子の一つにサッとお湯をかけ、その後ろに自分用の少し大きめの風呂椅子を持ってくるとそれに腰かけた。

 待つ事数分。浴室の扉が開かれてペタペタと足音を響かせながらシズトがやってきた。

 大人しく用意された低い方の風呂椅子に座った彼の頭をいつも通りわしゃわしゃと洗い、背中もごしごしとタオルで擦った。


「…………普段より終わるの早くない?」

「時間が時間だからな。さっさと寝たいだろ?」

「んー、まあ、そうなんだけどさ。頭皮マッサージ的なの気持ちいいから」


 そんな事をしているつもりはラオにはないのだが、シズトの反応を見ながら調整し続けた力加減はどうやら彼に気に入られているようだ。

 もう少しゆっくりやってやるべきだったか、なんて事を思いながらも「さっさと体を洗えよ」とだけ言って水風呂の方へと向かった。

 残りの部分を洗い終わったシズトが水風呂に入ってきたのはいつも通りの事だったが、何やらいつも以上に彼から視線を感じる。その事にラオは気づいていたが、黙って目を瞑って水風呂に浸かっていた。


「……ねぇ、ラオさん」

「あんだよ」

「お風呂あがって、部屋に戻ったらちょっと踊りの練習に付き合ってくれない?」

「…………ルウの差し金か」

「そ、そんな事ないよ?」


 薄目を開けてシズトの様子を見ると、視線を逸らして否定している。が、護衛だからと理由をつけて彼を誰よりもよく見ていたラオにとっては嘘をついているのは明白だった。


「ほ、ほら、他の人たちとは踊ったけどラオさんと踊ってないのは良くないというか」

「別に構わねぇよ」

「僕が気になるんだよ。あ、もちろん嫌だったら無理強いはしないけどさ」

「嫌でもねぇよ」


 人前で踊るなんて柄じゃないからやりたくないだけだ、という言葉は飲み込んでラオはゆっくりと立ち上がった。


「まあ、他にもやる事があっから一曲程度だったら付き合ってやんよ。着替え終わったら呼ぶから体あっためとけよ」

「う、うん。わかった」


 シズトが水風呂から他の風呂へと移動するのを音と魔力探知で感じながらラオはいつも通りを心掛けて脱衣所へと向かった。

 脱衣所で体を拭きながら「少しくらい学んでおけばよかったな」なんて事を呟いたのだが、誰もいない脱衣所で彼女の呟きに反応する者はいなかった。

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