後日譚385.事なかれ主義者は帰路を急いだ
雪道をビュンビュンと浮遊台車が行き交う様子を歩道を歩きながら眺めていると目的地の公園に辿り着いた。遊具も何もないこの公園は、中央の広場を囲うように背の高い木が並んでいる。一、二年でここまで大きくなるのは普通なら有り得ないけど、ドライアドたちが陰ながら尽力してくれたんだろう。木の周りにまとまりもなく植えられている植物がその証拠だ。
「一番乗りデース!」
寒空の下、歌羽を抱えてビュンビュン飛び回っていたパメラが足跡一つない雪原と化していた公園に突っ込んだ。歌羽諸共ゴロゴロと転がっているけど注意した方が良いのだろうか。
「パメラ! ウタハちゃんが怪我したらどうするのよ!」
あ、僕の出番はなさそうだ。
雪にも負けない真っ白な尻尾を膨らませてマジ怒りなエミリーがズンズンと公園に入っていく。その後を「まあ、あのくらいなら大丈夫じゃん?」なんて事を言いながらシンシーラが後をついて行ったけれどエミリーに睨まれて黙った。
そんな二人の母親を気にした様子もなく雪を捕まえるのを諦めた真が、栄人と追いかけっこを始めた。獣人は身体能力が高いから走るのは早いけど、まだバランスがうまく取れないのか、それとも初めての積雪のせいかは分からないけど進行方向を変えようとするたびにどっちかが盛大に雪に突っ込んでいた。
千与はもこもこでどでかいぬいぐるみの背中に乗ってノッシノッシと雪道を進撃している。それは外でやる必要があるのかとか、ぬいぐるみの手足がびしょびしょになって大惨事になりそうだとかいろいろ思ったけれど、本人が満足そうだからまあ良しとする。
「真っ白だねぇ」
「寒いねぇ」
「冷たそうだねー」
「触ってみる?」
「どうしようね~」
千与の乗っているぬいぐるみには同乗者が何人もいた。褐色肌のドライアドたちである。他のドライアドたちは寒い所はついてくるつもりがなかったようだけど、彼女たちは千与のぬいぐるみに乗っていけば行けると判断したようで、皆でくっつきながら興味深そうに雪を見ていた。
普段だったら千与の後ろに乗っているのはもこもこが大好きな龍斗なんだけど、乗る場所がなかったからかドーラさんに抱っこされていた。
地面に下ろされると足元をジッと見て、それから手を伸ばして雪を触って何事か呟いた。残念ながらドライアドたちが騒がしかったのと、ちょっと離れていたので聞き取れなかった。
「ママ! もっと!」
「もっと? 十分大きいんじゃないかしら?」
「もっとおおきくするの!」
「わかったわ。ママ、頑張るわ!」
ラオさんと色違いの手袋を身につけたルウさんは、静流のおねだりに応えてゴロゴロと転がしながら公園の外周を歩き始めたかと思ったらこっちを見て「ラオちゃんももっと大きくしておいてね」と大きな声で言った。
「はぁ。仕方ねぇなぁ」
「ラオさんラオさん、公園をぐるっとするなら蘭加も連れてく? 一人じゃ寂しくない?」
「別にアタシはそういうの気にしねぇよ」
「ならいいけど……」
町の子たちが遠巻きに見ているけど一人でゴロゴロ転がすのは平気なのかな?
……ああ、蘭加の事を考えた結果そう言ったのかもしれないな。僕もまだまだ配慮が足りないな。
「……かまくらでも作るか」
周りからの視線が少しでも減れば胸に顔をうずめる事もなくなるかもしれない。
そうと決まれば手が空いていたホムラやユキに手伝ってもらって、公園の一角に雪を集める事にしたのだった。
かまくらの中でのんびりと蘭加とラオさんの三人で過ごしたり、雪合戦のような事をしていた子たちに混じって遊んだり、小さな丘を雪で作って即席のソリで滑り降りたりして遊んでいたらあっという間に時間が過ぎて行き、教会から響く鐘が帰る時間だと教えてくれた。
遊び疲れたのか真と栄人はそれぞれの母親の背中でぐっすりと眠っている。時折尻尾がピクピクしていて可愛い。
かまくらの中にいつの間にかいて、爆睡していた望愛は未だに眠っていて、ノエルが背中に負ぶさって歩いている。魔道具の観察をするために先に帰ろうとした彼女を引き留めたからか不機嫌そうだけど、最低限母親としての責務は果たしてほしい。
子どもと一緒に帰るという点ではパメラはしっかりしている。「早く帰ってあったまるデス!」と雪まみれになったパメラは歌羽を抱えて一足先に屋敷に帰っていた。自分のためでもあるけれど、歌羽を置いて行かなかったところは偉い。
「人間さん、はやくかえろー」
「早く早く~」
「寒くて死んじゃうよ~」
「マジで? 急いだ方が良さげ?」
「良さげ良さげ」
「はやくかえろー」
「れもん」
僕が羽織っている『適温コート』の下では、僕の体に引っ付いたドライアドたちがいる。
好奇心旺盛な褐色肌の彼女たちはついつい雪遊びに参戦してしまい、気づいた時にはがちがち震えていた。
適温コートの中ならあったまるかもしれない、と僕の体に引っ付けたうえでコートを羽織って今に至る。
肩の上のレモンちゃんも心なしか元気がない。コートの中に入ればいいのに、それでもその場から降りようとしないのは先程肩の上を侵略されかけたからだろうか?
なんにせよ、早く帰るべきなのは変わらないだろう。
他のお嫁さんたちと一緒に歩調を速めて屋敷へと戻るのだった。