後日譚382.事なかれ主義者は自分の本を封印したい
歌羽が授かった加護は『歌』だ。
彼女が喋る事ができるようになった今でも、まだその加護の力は分かっていない。これまでの異世界転移者の中には似たような加護を授かっていた人や、邪神の信奉者の中にいた『呪歌』という加護持ちの事から推測すると『歌』を歌う事によって何かしら効果が発揮するタイプなんだと思うけど……。
「れもれもれもれもれ~~~」
「れもれもれもれもれ~~~」
「れもれもれ~」
「れもれもれ~」
「「れ~も~れ~も~。れーも~~~。れ~も~れ~も~」」
「……気持ちよさそうに歌っているけど、特に加護が発動している様子はないね」
「意味のある言葉じゃないと発動しないかもしれないのですわ」
「あれ以外で歌っている所を見た事がないのですが、シズト様といらっしゃるときはなにか歌っているのですか?」
一緒に食後のケーキを食べていたモニカが話に入ってきた。
普段屋敷にいる事が多い彼女であれば聞いた事があるんじゃないかと思ったけれど、どうやらレモンちゃんと合唱する時以外は歌っている所を見ていないらしい。
「どうなんだろうね? 僕はレモンちゃん以外と歌っている様子は見た事ないかなぁ。っていうか、大人しいからだいたいじっとしているというか、されるがままというか……」
一緒に遊ぼうと思ってもボール遊びは転がっていくボールを見送るだけだし、積み木も積み上がっていくのを見ているだけだからなぁ。
「レモンちゃんが歌羽の周りでレモレモ言っていたらだんだんああいう感じで真似するようになって、歌のようになったんだけどね」
そろそろ本格的にレモンちゃん語を習得するか、レモンちゃんに言葉をしゃべる事ができるように促していく必要があるのかもしれない。
そんな事を思いながら口の中をリセットするために近くに置いてあったティーカップに口をつける。
……ハーブティーよりもやっぱり紅茶の方が良いかもしれない。
「歌い終わったようですし、そろそろプレゼントを渡しますか?」
「そうだね。レモンちゃんもレモンをあげてるし……って、歌羽! それ丸かじりする物じゃないよ!?」
「食べて害がない事はもう確認済みですし、そこまで焦る必要はないのでは?」
「レ~モレ~モ!」
「……まあ、そうなんだけどさ。歌羽大丈夫?」
皮ごとがぶりといった歌羽は口をすぼめてとても酸っぱそうだ。
それでも特に泣く事もなく、再びかぶりついたのだからきっと大丈夫なのだろう。
レモンちゃんは丸かじりしてくれる人が増えて上機嫌で僕の肩の上に戻った。……さっきまで地に足を着けて過ごしていたのになぜわざわざそこに登るのか疑問だけど、今はそれどころではない。
パーティーの様子をドライアドたちが自分たちの分も渡そうと散っていったから戻ってくるのも時間の問題だろう。
各々自由に食事や雑談を楽しんでいたお嫁さんたちに呼びかけ、歌羽にプレゼントを渡していった。
お嫁さんが渡し終わった後はお嫁さんたちの後ろに並んでいたドライアドたちが自分の自慢の作物を渡していく。その中にはいつの間にかレモンちゃんも混じっていて、再びレモンをあげていた。
この成功体験から他の子にもあげそうな気がするので「嫌がったらすぐにやめるんだよ」と釘を刺しておいたけれど、返事をしつつも視線を逸らされた。
まあ、レモンちゃんはだいたい僕と一緒に行動しているから僕が気をつければ大丈夫だろう。たぶん。
歌羽にプレゼントした絵本セットは好評のようで、歌羽担当の乳母の人が和室で読み聞かせをしていると他の子たちも集まるようになっていた。
ただ、今読まれている絵本は難しいようで、栄人と真は追いかけっこを始めているし、望愛はうつらうつらと舟をこいでいる。千与は龍斗と一緒に動く人形で遊んでいるし、千恵子は読み終わった本を頑張って運んで「どうぞ」をしている。
そんな騒がしい中でも歌羽は特に動く事もなく、ジッと絵本の絵を見ている。ただそこに座らされたからそこに座っているのかな、と思ったけれど白い翼がパタパタと時折動いていて、集中しているようだ。
「――こうして邪神の脅威は消え去り、世界に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし」
パチパチパチ、と乳母の方々やお嫁さんたちが拍手をすると、それを真似して他の事をしていた子どもたちも拍手をした。
可愛らしい音だけど、ジュリウスが用意したあの絵本はどこかにしまっておきたいな。
ただ、隠したところでまたいつの間にか絵本の棚に増えてそうなんだよなぁ。
そんな事を思いながら、くっついたりよじ登ったりするのが好きな静流の遊び場として僕はじっとしているのだった。
「レモ~~~!!!」
肩の上を死守しようとしているレモンちゃんが髪の毛をわさわささせていてとてもくすぐったかった。