後日譚381.事なかれ主義者は撮りまくる
白衣の人たちの話し合いはそこまで長くかからなかった。
僕に引っ付いて騒がしくなったドライアドたちのせいじゃないと思いたい。
「夜の間だけ、水害が発生しない程度の量の雨を降らせることは可能でしょうか?」
「可能です。期間はいかがなさいますか?」
「一カ月ほどでお願いします。そのくらいあれば薬草は十分育つと思いますし、天候も落ち着いているかもしれませんから」
「分かりました。それではそのように祈らせていただきます」
集中して雨の降り始めと止む時間帯や雨量をイメージしてそのまま『天気祈願』と呟き、加護を使用した。
だいぶ魔力が持ってかれたけれど、それだけ今後一ヵ月の天気の予定と乖離があったのだろう。
使い終わった後に目を開けてみても空は雲一つない。本当に雨が降るのか疑われないだろうか、という気持ちはあったけれど、それは日が経つにつれて明らかになるだろうからここでアピールするつもりはない。
するつもりはないんだけど、膨大な量の魔力を使えば、それ相応の実力者には伝わるようで、僕を見る目が変わっている人物がちらほら……いや、視線が合っただけで「ひぃっ」って顔を青ざめるのはどうなの? こちとら武装もしていない魔法も使えないただの加護持ちなんだけど。
咳払いが聞こえたのでそちらを見たらティアーノ侯爵が僕を真っすぐに見ていた。いわゆる営業スマイルをこちらに向けてきたのでこちらも営業用の笑顔をなんとか口元に作った。
「凄まじい魔力量ですね」
「お褒め頂きありがとうございます。一ヵ月後は不要だという事でしたが、念のためこちらにお伺いして様子を見させていただきます」
「分かりました」
「よろしくお願いします。それでは僕はこれで失礼させていただきます。一ヵ月後までにくれぐれも約束の物の用意を忘れないようにお願いしますね。ジュリウス、行くよ」
「かしこまりました」
ティアーノさんをはじめとした白衣を着た方々に見守られながら僕は近くに停車していた魔動車に乗り込む。
深々と頭を下げるティアーノさんを窓ガラス越しに一瞥した後は、王城内の様子をドライアドたちと一緒に眺めた。
イルミンスールに通じる転移門を通過し、世界樹の根元付近まで魔動車で送ってもらった僕とドライアドたちは、ジュリウスに護衛されながら転移陣でファマリーの根元へと帰ってきた。
ドライアドたちがなかなか離れなかったけれど「これからパーティーなんだから外に出ないよ」というとやっと納得して離れて行った。……一人を除いて。
「まあ、レモンちゃんはいいか」
最近は言われた通りずっと大人しく過ごしてくれてるし、今日の主役とレモンちゃんは一緒に『れもれも』歌う仲だし。
「レモーーーン!」
「じゃあ私たちも――」
「駄目」
離れたドライアドたちが再び近づく前にエルフたちに回収してもらって僕はレモンちゃんを肩車したまま根元の方へと目指した。
パーティーの準備はあと少しで終わり、と言った様子だ。
「なんとか間に合った~~~」
「お仕事お疲れ様です」
最初に話しかけてきたのはオクタビアさんだ。今日もドレスを着ておらず、レヴィさんから貰ったオーバーオールを着ている。レヴィさんと違うのはそれは魔道具化していないから汚れが残ってしまう事だけど、僕の部屋にあるクリーンルームにでも入ったのか、汚れ一つなかった。
「フローレンス王国の方はどうでしたか?」
「んー、まあ結構酷い日照りだったみたいだけどなんとかなったんじゃないかな」
「そうですか。それならよかったです。フローレンス王国はどの様な国だったんですか?」
「んー……歌羽の誕生日に間に合わせるために王城内の一画で天気祈願をしただけだから分かんないや。ああ、貴族たちは本当にドレスとかじゃなくて白衣を着てたよ。準備は何か手伝う事残ってる?」
「いえ、御覧のとおりほとんど終わってしまったようです。プレゼントの確認でもされたらいかがでしょうか?」
「……それもそうだね」
準備も含めて誕生日パーティーは楽しいのに、残念だ。
どうせ今までも続いていたんだから一日くらい待たせても良かったような気もするけど、主役の歌羽に「おしごとがんばってです」と可愛らしく言われたら「頑張ります」以外の選択肢がなかった。
プレゼントの最終確認を終える頃にはケーキや料理も並べられ、準備万端の状況になっていた。後は歌羽を連れてくるだけだ。さっきパメラが飛んでいったらしいからそのうち戻ってくるだろう。
主にランチェッタさんからフローレンス王国の様子についていろいろ質問攻めされ、その事について答えていると屋敷の窓から黒い翼を広げて飛び立った人物がいた。
「また窓から出入りして!」
狐人族のエミリーが怒っているが、祝いの席だから多めに見てあげて欲しい。
パメラに抱えられて大人しくしているのが今日の主役である歌羽だ。父親と母親どっちにも似なかった白い髪に白い翼の女の子だ。
アンジェラのように大きくなったらあんな風に運ばれる事もなくなるのかな、なんて事を思っているとすぐそばに控えていたジュリウスが魔道具『魔動カメラ』を静かに差し出してきたので、母子の様子を激写した。