後日譚380.事なかれ主義者は目を光らせた
「おはようございます、チャム様。ちょっと今日は急いで片付けないといけない事があるので、用件は手早く済ませていただけますか?」
「丁寧な物言いで随分と不遜な態度をとるじゃないか。このまますぐにでも返してやりたいところなんだけど、こっちにも事情があるんでね。言われた通り、用件だけ伝えるよ」
蛇の尻尾でバシバシと地面(?)を叩いているのは僕に新しく加護を授けてくれたチャム様だ。
日課の朝のお祈りをしていたら例の如くこの真っ白な空間にいつの間にかいたんだけど、何回か経験しているので驚く事はない。っていうか、予定がこの後にあるので驚いている余裕がない、というのが正解かもしれない。
「いや、お前は予定があろうとなかろうと驚かないだろ」
「心を読んでないでさっさと用件を言ってもらえますか?」
「わかってるって。つい突っ込んじゃっただけだよ」
口元をひくつかせていたけれどチャム様は気を取り直して用件を話し始めた。
なんて事はない。ただの布教活動を催促だった。
「エント様印の何かを作って広めろって言われても……正直、加護がない僕に言われてもどうしようもないと思うんですけど」
「頑張れ。神の無理難題を叶えるのがお前たち転移者の役目なんだから」
「そんな役目果たしたくない……って、言いたい事だけ言ったら逃げるんかい!」
気が付いた時には真っ白な世界から現実の世界に戻ってきていて、目の前には四柱を祀った祠があった。
今は朝食後のお祈りタイムだったんだけど、近くにいたレヴィさんがズイッと顔を近づけてきた。金色のツインドリルがゆらゆらと揺れている。
「どうしたのですわ? また、何か神託を授かったのですわ?」
「ん~、まあ、そうだけど……急ぎじゃないし、今はどうしようもないから気にしなくていいよ」
「神託が何よりも優先されると思うのですけれど……でも、シズトが判断したのならきっとそうなのですわね。神託で何か困ったらいつでも力になるから相談してほしいのですわ!」
優しい笑顔を浮かべたレヴィさんに、僕は一言「ありがと」とだけ言うと、お祈り中に集まっていたドライアドたちに「離れてくれるかな?」とお願いした。
当然、答えはノーだった。真っ白な服を着ている時に隙を見せるといつもこうなんだよな、なんて事を思いつつも仕方がないのでドライアドを引っ付けたまま転移陣を使ってイルミンスールへと向かうのだった。
魔動車に乗ったまま転移門で目的の国に移動し、そこから少しの間街中を移動したら魔動車が止まった。
魔動車から降りるために立ち上がると、魔動車の中で好き勝手過ごしていたドライアドたちが僕の体に引っ付いて来る。……さっきまで離れてたんだから、降りる時も離れててくれないかな。
そんな事を思いつつも言った所で無駄なのでジュリウスの後を追って馬車を降りた。
馬車を降りると目の前に大きなお城があり、お出迎えの人々がずらりと並んでいた。
メイド服を着ている人よりも白衣を着ている人の方が多い。彼らは貴族関係者なのだろう。ジュリウスがこの国の貴族は就寝時以外は白衣を着用するのが普通だって言ってたし。何で白衣なのか疑問だけど、きっと過去の勇者が何かしたんだろう、きっと。
そんなどうでもいい事を考えつつも姿勢を意識して立ち、向こうの様子を見ていると白衣を着ている人の中でも威厳に満ちた顔つきの男性が前に歩み出てきた。
「早急にお越しいただきありがとうございます。本日は国王が不在なので私がご対応させていただきます。ガルディーニ侯爵家当主のティアーノと申します」
「シズトです。よろしくお願いします。今回は緊急度の高い物から優先的に対応しているだけですのでお気になさらず。ただ、後ろに予定が入っているのでできれば仕事だけしてすぐに移動したいです」
「かしこまりました。そのように伝えておきます。それでは早速『天気祈願』をしてほしい所をご説明させていただきます。最重要なのはこの王都周辺の天気です。ここしばらくの間ほとんど雨が降らず、貯水池の水も少なくなるばかり……。過去の記録からも日照りが続く事になりそうだという事です。薬草の生育状況に影響が出てしまうので王都周辺に雨を降らしてほしいのですが可能ですか?」
「はい、可能です。ただ、一口に雨と言ってもどの様な雨にするかが問題になると思います。ある地点だけ……それこそ、貯水池周辺だけ土砂降りにする事もできると思いますが、その場合は大量の魔力が必要になるので期間はそこまで長くはできないと思います。逆に、広く緩やかな雨を降らすのであればある程度長くできると思います。ただその場合は日照不足などの弊害が出てくる可能性はありますね。月明かりが必要な植物がないのであれば、夜にある程度の雨が降るように祈る事も可能ですが、いかがいたしますか?」
「……少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
出来るだけ早く帰りたいんだけど、王様が不在であれば仕方がない。
僕は白衣の人が集まって何やら話をしている間、ドライアドが勝手に植物を植えないように見張るのだった。