後日譚377.加工の神は頼む相手を間違えた
エントが水晶を覗き込んでいる所から少し離れたところで、中級神となったプロスもまた、水晶玉とにらめっこをするかのように覗き込んでいた。
ここ数年で劇的な成長をし続け、女神らしい体つきになっているエントと異なり、プロスは途中で成長が止まってしまった。中級神になってもずっと姿形が変わらない神もいたが、どうやらプロスもその内の一柱の様だった。
だが、何かと他の二柱と勝手に競い合ってきたプロスとしては納得できる物ではない。ファマは男神なので置いといたとしても、同じ女神であるエントがグラマラスな体型になっているというのに自分はいつまで経っても胸も身長も大きくならない。
それもこれも彼女を信仰しているのがドワーフが多いからだ、とプロスは考えていた。
「もっといろんな種族から信仰されたらエントみたいになれるよね、きっと」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、周りの下級神たちが同意していたが、プロスは気にした様子もなく水晶玉に神力を込めた。
水晶玉に映し出されたのはプロスが祀られている教会の内の一つのようだ。司祭の女性はドワーフで、礼拝に来ているのもその多くがドワーフだった。
「むむむ……」
教会の隅々まで水晶玉に映して様子を見ていたプロスだったが「あの罰当たりはいないね!」と満足したのか司祭の近くを映した。そろそろ司祭が信者に向かって話をする時間だった。
最初の挨拶からの流れは大体いつも同じだ。何度も聞いた事があるプロスは話を聞き流しているが、鍛冶の神とは全く違う女神である事が話されたところで信者たちの様子を見た。
彼らもまた、何度も聞かされたのだろう。無反応だった。
奴隷の証である首輪をつけた者たちもそれは同様で、小さな子どもは眠気と戦っているのか舟を漕いでいる。
「……どうせいつも同じ人ばかり来るのならお話も省略すればいいのに」
そう呟いたプロスだったが、鍛冶の神とは全く別神である事を強調するようにお願いしたのもプロスだった。
ドワーフは融通が利かないな、なんて事を考えながらもお供え物を全員で祈るタイミングで回収するため、水晶玉に映る司祭の様子を注視するプロス。
そんな彼女と共に、いつもお裾分けを貰っている下級神たちは祭壇の監視をするのだった。
今日も無事に供物を回収できたプロスは、教会からそのまま映す場所を移動させて町の様子を見ていた。
信仰を広げるヒントを見つけるため――というのは建前で、どんどん大きくなっていく町を見るのは暇つぶしが本音だった。
「人がいっぱいだねぇ」
「この中の誰かに加護あげるのもあり?」
「どうだろう? 適当に選ばない方が良いって最高神様が言ってたよ~」
「現地の人にあげると悲しい事になるかもしれないんだなぁ、ってファマ様も言ってたねー」
プロスが操る水晶玉を一緒に覗き込んでいる子たちがお喋りしていてもプロスは特に話に入る事なく町の様子を眺めていた。
どこもかしこもエント印の魔道具がビュンビュン走っているし、町のどこからでも巨大な木が見える。
表情を険しくしながらその様子を見ていたプロスは、気持ちが抑えられなくなったようで水晶玉に手をかざすのを止めると、エントに突撃した。
プロスの周りに集まっていた下級神たちはちらりとその様子を見たが、いつもの事だからと気にする素振りも見せず、プロスが放置した水晶玉を囲んでいる。
「わ!? プロスちゃん……? どうしたの……?」
「エントたちだけずるい! プロスもプロス印の物が欲しい!」
何がずるいと思っているのかいつも通り察したエントは眉を八の字にした。
「前に話をした時にそれは難しいかもってなったよね……?」
「それでもほしいの~! 欲しい欲しい欲しい欲しい――」
自分よりも大きな背中に飛びついたプロスはエントを揺さぶった。エントの膝に座っていた下級神たちは揺れを楽しんでいるようだが、エントはさらに困った様子でどうした物かと思案している。
問題となるのは鍛冶神ブラミスの存在だった。プロスの管轄である加工とブラミスの管轄である鍛冶は多少被ってしまっている。向こうの信仰心を奪うような活動をプロスたちが指示をしたとなれば苦情が入るのは間違いないだろう。
それではどうすればいいのか、とエントはさらに考えながら水晶玉に映った景色を何となく見た。
しばらくプロスに揺さぶられながらボーッと水晶玉を眺めていたエントだったが、ふと何かを思いついたようで「こんなのはどうかな……?」とプロスに提案した。
それを聞いたプロスは「伝えてみる!」と元気よく返事をすると水晶玉に戻る。
「ちょっと今から使うから場所空けて!」
「「「は~い」」」
余った神力で勝手に水晶玉を使われていた事に目くじらを立てる事もなく、プロスは神力が切れかかっていたッ水晶玉に魔力を込める。
映し出されていた景色が変わり、どこかの室内で積み木遊びに興じている幼女二人が映し出された。
「あ、シズトもいる!」
積み木がひとりでに浮いて移動するのを見てそこにいる人物に一瞬思いを馳せたプロスだったが、すぐにやる事を思い出してさらに神力を込める。
夢で伝えるよりもさらに多くの神力が必要になるが、言葉を伝えたい相手である蘭加はあまり昼寝をしない子だったので仕方がない。
「ランカ、聞こえる? プロスだよ~」
『!?』
ビクッと反応した黒髪の女の子がきょろきょろと辺りを見渡す。
プロスが何度も話しかけているのだがまだ慣れていないようだ。
「シズトに伝えてほしい事があるの。今から言う事伝えて~」
プロスがお願いするが蘭加は近くにいた赤い髪の女の子にくっついただけで返答がない。
それにプロスは失念していた。相手がまだ二歳児である事を。
どれだけ一生懸命伝えたとしても、その内容がしっかりと伝わって欲しい相手に伝わる事はない。内容が長すぎたし、蘭加が知っている言葉にも限りがあったからだ。
お昼ご飯を食べた後も頑張って語り掛け続けたプロスだったが、結局シズトはおろか、他の乳母に伝わる事もなく終わった。
「もう少し大きくなるまで待った方が良いのかなぁ」
そんな事を考えている彼女の元に、同じ中級神である二柱が近づいてきた。
「そ、そろそろチャムの御迎えに行くんだなぁ」
「その時にチャム君にお願いして見ればいいんじゃないかな……?」
「あ、そっか! エントあったまいい~。早く迎えに行こ~」
元気に駆けて行くプロス。先程までとても静かだったのを心配していた二柱はお互いに顔を見合わせると苦笑を浮かべたのだが、プロスがそれに気づく事はなかった。