後日譚376.付与の神は食い下がらない
シズトたちが招かれた世界の神々は、自分たちに対して祈りを捧げる者たちの様子をいつも見ている。
それは自分たちの力の源である信仰が広まっているかを確認したリ、促したりするためでもあるし、間違った方に信仰が暴走しないように見守るためでもある――という建前は置いといて、今日も今日とて暇を持て余した神々は下界の者たちの様子を見て過ごしていた。
中級神となった付与の神エントもまたその内の一柱である。
仲のいい他の二柱と同じ空間にはいるが、それぞれ別の水晶を覗き込んでいた。中級神ともなると神力の節約をしなくてもある程度過ごせるからこのような事になっていたのだが、下級神や神にすら至っていない小さき存在達は覗き見するために彼女たちの周りに集まっていた。
「みんなお行儀良くしててね……?」
周りに集まった子たちの元気な返事に満足したエントは水晶に神力を込めた。
するとすぐに水晶の中に景色が映し出される。どうやらどこかの教会の中の様だった。
その教会では大小さまざまな信者が椅子に整然と並んで座っていて、神父の話を聞いている最中の様だった。
『付与の神エント様は、この町をお作りになられたシズト様に加護を授けられた神です。その力は絶大で、あなたたちが何気なく使っている明かりやお風呂、流通に活用されている浮遊台車など、幅広い所で活用されている魔道具を作り出す事ができるのです』
『そんな便利な力を授けてくれる神様がどうして今まで知られてなかったんですか?』
『さて、それは神々のみぞ知る事ですが……』
「それは直接戦える力を欲しがるから……?」
ついぽつりと呟いたエントの呟きを、周りにいた神々はうんうんと頷いていた。
他にも魔道具への感謝の念は魔法への感謝の念に途中で変わってしまうというのもあったのだが、いずれにせよ水晶玉で覗き込まれている彼らに神々の声は届かない。
『いずれにせよ、シズト様が戦闘以外に使う魔道具を生み出した事によってこれほど広まったのは間違いない事実でしょう』
「それはそうだね……? 転移の魔道具をダンジョン以外で使うなんてやっぱり異世界の人が考える事はちょっと変わってるね……?」
「私の力も思いもしない事に使うのかな?」
「僕のは流石に普通の使い方以外ないと思うけど……」
エントの独白に反応して覗き込んでいた子たちがざわつき始めた。
自分の力の使い方はこうである、という固定観念からはなかなか抜け出せないらしく、みんなでうんうん唸っている。
そんな子たちの様子を見つつも、神父の声が聞こえるように少々神父にフォーカスしたエントは、その後も教会で行われていた話を聞き続けるのだった。
教会での話が一段落着いたところで、エントは移す対象を変えた。
推奨の真ん中には可愛らしい幼女が映っていた。
エントと同じく黒い髪に黒い瞳のその幼女の周りには、たくさんの人形が動いていて、スヤスヤと眠っている彼女を甲斐甲斐しくお世話している
眠っている幼女の名は千与。シズトとモニカの間に生まれた子どもで、エントから『付与』の加護を授けられた二人目の人間だった。
「新しいぬいぐるみが増えてるね……?」
毎日彼女の様子を見ているエントは、千与の部屋の変化はすぐに気づいた。千与と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみだ。千与が間違えて口に入れないようにと配慮されている、という訳ではなく単純に大きなぬいぐるみの方が千与が喜ぶからという理由でモニカが用意した物だった。
それには既に『付与』で魔法陣が刻まれているようだが、魔力が込められていないからか動く気配はない。
「ファマくんみたいにたくさん使ってほしいけど、プロスちゃんはまだ使ってもらえないみたいだし贅沢は言っちゃだめだよね……?」
「じゃあ今日は神託を授けないんですか?」
「いや、授けるよ……? 丁度微睡んでいるみたいだからね……?」
膝の上に陣取っている下級神の問いかけに答えた後、エントは水晶玉にさらに魔力を込めた。
転移者であるシズトとは違って千与を神域に呼び出す事は出来ないが、夢の中に入って語り掛ける事はできる。それを定期的にする程度の神力は下界から集まってくるようになっていた。
「千与ちゃん、千与ちゃん、聞こえますか……? エントだよ……?」
『!!』
夢の中でもぬいぐるみに囲まれていた千与にエントが語り掛けるとピタッと彼女の動きがとまった。
だが驚いて泣く事はもうない。それくらいには慣れたようで、きょろきょろと周囲を見渡す余裕はあるようだった。
「また加護を使ってくれたんだね……?」
『……ママにもらったの』
「うん、そうだね。見てたから知ってるよ……? 見てたからね……?」
『……エントさま、いつもみてる?』
「いつもじゃないよ……? でも大体見てるよ……?」
暇だから、なんて事は言わずに加護を授かっている千与の事が心配だからと伝えるエント。
だがそんな事はあまり興味がないようで、千与は再び遊びを再開していた。
「今日もお願いしたい事があるんだよ、聞いてもらえるかな……?」
『や!』
「聞くだけでいいんだよ……?」
『いま、いそがしいの!』
「そうなんだ……? じゃあまた今度ね……?」
これまでの関わりからこれ以上言っても無駄だと悟ったエントは早々に夢の中の千与に語り掛けるのを止めた。
下級神の子たちがエントを心配そうに見あげる。
「エント様、良かったの? シズトって人に伝言を頼まなくて」
「急ぎじゃないからいいんだよ……? それに、もうちょっと大きくならないと伝言は難しそうだからね……?」
その頃には自分もさらに成長しているだろう。それからでも像を作り直してもらうのは遅くはないだろう。
そんな事を考えながらエントは下級神の子たちとシズト探しの遊びを始めるのだった。