後日譚364.辛党侍女は気を付ける
世界樹ファマリーの根元のほとんどは畑になっているが、所々畑にされていない場所がある。
遊具がたくさんある場所や建物、それからアンジェラが日々鍛錬をするところなどだ。
シズトとその嫁たち、それから本日の主役である紫亜と健斗は、そのうちの一つの場所に並べられた椅子に座ってお祝いをしていた。大きな丸テーブルにも料理は並んでいるが、たくさん食べる者が数人いるためそれだけでは足りず、彼らの周囲に机だけ置かれた場所に料理が並んでいた。
各々が自由に談笑しながら料理を口に運んでいる。中には魔道具を見ながら食事をする者や、別に用意された机でボードゲームを広げて遊ぶ者もいた。
その様子を世界樹の根元で丸くなっているフェンリルは迷惑そうに時折見ているし、ドライアドたちは机に並ぶ料理の数々に自慢の作物を混ぜようとそろりそろりと近づいているが、彼らはあまり気にしていないようだ。
「それにしても、熱が何とか下がってよかったわね」
本日の主役である健斗を抱いたディアーヌがセシリアにそういうと、セシリアは「神様のおかげかもしれないわ」と首肯した。
二人とも普段着ているメイド服ではなく、パーティー用のドレスを身に纏っていた。
セシリアは普段とは違う装いで落ち着かなかったが、隣に座っている人物に揶揄われないようにと勤めて平静を装っていた。
「ママ! おはな!」
「そうねぇ、お花がいっぱい近づいて来るね~」
今のところはそれがうまくいっているようで、ディアーヌは気づいた様子もなく健斗の相手をしていた。
健斗はお喋りで発語が他の子と比べてもとても早い。それと比べるとセシリアの娘である紫亜は発語が遅く未だにママともパパとも言っていなかった。
まだ一歳の誕生日だから慌てるほどの事ではないという事は分かっていたが、同じ日に生まれた子どもがめちゃくちゃ喋っているのを見ると焦らずにはいられなかった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ディアーヌはセシリアに話しかけるのを止めない。
「そういえば、セシリアは実家の方は結局どうするの?」
「レヴィア様たちに合わせて顔合わせと身内だけのお祝いで済ませる予定よ」
「まあ、それが良いわよね。パーティーなんて開いたらたくさんの人が押し寄せるのは目に見えているし……」
「あなたの所は結局どうなったの?」
「パーティーは諦めたようよ。ランチェッタ様に釘を刺されて渋々、と言った様子だったらしいけど」
「公爵家ともなるといろいろとあるのよ、きっと」
「もう家を出た身だからあまり干渉してほしくないんだけど……」
「なんかあったの?」
二人の会話に唐突に割って入ったのは二人の旦那であるシズトだ。両手に持っているお皿にはそれぞれセシリアとディアーヌの好物が盛られていた。
それを二人の前に置いたところで、シズトが二人の間にあった空席に腰かけた。
「!? なんでもないですよ。ただ、社交界を開こうとした実家の事について話をしていただけです」
「そうなんだ。ガレオールでは一歳からもう社交界に出るの?」
「そういう訳ではないですね。ただのお披露目です」
「ドラゴニアでもそういう事を行う貴族はいます」
「へー、そうなんだ」
「ところでシズト様のお料理がないようですが、取りに行きましょうか?」
「それとも私たちから食べさせてほしくてそうしたんですか?」
「ち、違うよ! 普通に手が塞がってただけだって。自分で取るから二人とも座ってていいよ」
慌てた様子で否定するシズトの目の前に、そっと置かれていく果物や野菜の数々。その多くが小さな手によって置かれた者だったが、黄色い果実だけは彼の上からにゅっと伸びた髪の毛が置いていた。
だが静人はそれを手にする事無く席を立つと、目当ての料理が置かれた机の方に歩いて行った。
それを見送った二人は再び雑談を始めた。時折近くに座っていたランチェッタやレヴィアが話に加わったり、暇を持て余したパメラが突撃してきたりしたが、誕生日パーティーは日が暮れ始めるころまで続くのだった。
片付けをしようとしていたが追い払われたセシリアは、同じ状況のディアーヌと共に本館の二階にある子ども部屋に来ていた。乳母たちが気を利かせて部屋から出て行き、室内には二人とその子ども、それから大樹がいた。だが、彼はすやすやと眠っているようで起きる気配はない。
「ゆっくり過ごせって言われても、揶揄う相手がいないと暇でしょうがないわ。ねー、ケント」
「?」
高く持ち上げられた健斗は不思議そうに母親の顔を見ているだけだった。だが、次の瞬間にはいろいろお喋りを始める。その相手を楽しそうにしているディアーヌをちらりと横目で見たセシリアは、心の中でため息を吐いた。
(実家に行く頃には何かしら喋るようになっているのかしら?)
娘が病気の時はそんな事を思う余裕もないが、今はいたって健康な状態だった。
多くを求めすぎだろうか、と自問自答しつつも、そんな考えを出さないように気を付けながら娘が指を差して喃語で何か言う度に「あれはドライアドって言うのよ」と伝えるのだった。