後日譚363.侍女たちは断言できなかった
ある日の夜遅く。シズトたちが暮らしている本館の脱衣所に入ってくる二人の人物がいた。
一人はセシリア・フォン・ドラパーニュ。涼し気な薄い青色の髪と瞳の色の女性で、ドラゴニア王国の第一王女の専属侍女をしている人物だ。
肌は日焼け止めと魔道具化された帽子のおかげでまだ白さは保っているのだが、大きな姿見を見る度に焼けていないか気になるようで聞慣れた侍女服を脱いだ後に自分の体を見ている。
その隣で侍女服から一気に下着まで脱ぎ捨てているのはディアーヌ・ディ・デマルティーノ。ガレオールの女王の侍女だ。
髪と目の色が同じで年も近かったため幼い頃は影武者も兼任していた彼女だったが、身体が大きくなるにつれて身長と、なにより脅威に差が生まれてしまったから今ではただの侍女だった。
「シズト様はいない、と。私たちが最後みたいね。泡風呂で遊ぶ?」
「遊ばないわよ。明日も朝早いんだから」
「あー……あなたのところのお姫様は朝がすごく早いから大変よね」
「早いなんてレベルじゃないけど……あなたのお姫様も誘ってたから、その内あなたも同じ生活になるんじゃないかしら」
「やめてほしいわ。ただでさえ仕事中毒だから私の寝る時間も減ってるのに……」
セシリアが下着を脱ぎ終わったところでディアーヌが浴室へと歩き始めた。
セシリアは鏡に映る自分を見るのをやめ、その後を追いながら苦笑を浮かべた。
「室内でずっと大人しくしてくれるなんて羨ましいと思ったけれど、どちらを主にした方が良質な睡眠を確保できるか悩みどころね」
「そうね。こっちにいる時は大丈夫だと思ってたんだけど……」
昨夜の事を思い出してディアーヌもまた、苦笑いを浮かべた。
ランチェッタの魔力が夜中に動いているのを感じ取ったディアーヌが浅い睡眠から覚醒し、彼女の部屋にこっそり侵入したところ、ベッドの中で魔道具の明かりを頼りに報告書を読んでいたランチェッタを見つけた事を思い出したのだろう。
魔道具は良い事ばかりじゃないわよね、なんて事を呟いた。
風呂椅子に腰かけて横並びになった二人はその後、黙々と自分の体を洗う。
世界樹の素材から採れるエキスが含まれた高価なシャンプーやボディーソープを惜しげもなく使い、セシリアが体を洗い終える頃にはディアーヌは長い髪の毛を洗い終わって体を洗う所だった。
「先に入ってるわ」
たくさんある浴槽の中から迷いなくセシリアは一つを選んでそこに入った。備え付けの魔石をセットすると、途端に電機が流れ始める『電気風呂』だ。
本日の疲れをいやすように肩まで浸かってのんびりしている所にディアーヌも後から入ってきた。
「あら、今日はこれに入るのね」
「珍しく動き回ってたから念のためね。オクタビア様が正式に身内になった事で張り切ってるのよ、うちのお姫様は」
「始まりが同じ政略結婚だから?」
「そうなんじゃないかしら。私たちの方がよっぽどランチェッタ様と同じ政略結婚なのに、カウントしてくれないのよね」
「しれっと私を入れないでもらえないかしら?」
「あら、違うの?」
「違わなくはないけど……」
好意が先にあったかと言われると微妙な所だったためセシリアは口を噤む。
しばらく最初の頃の事を思い出していたセシリアだったが、結局ディアーヌの問いかけには明確に答えずに話題を変えた。
「結局、オクタビア様とだけ婚約する事になったわね」
「そうね。侍女仲間が増えるかと思ったけど、当分先かしら」
「あら、今後増えないかもしれないけど、何か思い当たる事があるのかしら?」
「いるじゃない。最近頑張っている可愛らしい見習い侍女が」
「…………ああ、あの子か。難しいんじゃないかしら? シズト様、年齢には厳しいし」
「シズト様の価値観が変わるか、それかあの子が十八歳になるかしたらあるんじゃないかって思うんだけど?」
「シズト様があの子を見る目が完全に妹か子どもを見る目な気がするのよね。クー様とかとおんなじというか……。それに、あの子は自分の仕事を見つけるために侍女見習いをしているだけで、侍女とカウントするのはどうなのかしら? それに、あなたと違って政略結婚ではなさそうだし」
「私たちと違って、でしょ?」
「はいはい、そうね。私たちと違って、ね。いずれにしても、あの子の気持ちが定まってシズト様と結婚したいと思っても、超えるべき壁は高そうね」
セシリアが肩を竦めてそういうと、ディアーヌは何も言わずに電気風呂に肩まで浸かった。
何事か考えている様子を横目で見たセシリアは「そういえば子どもたちの誕生日はどうする予定なの?」と問いかけた。
「お休みを有難く頂戴する事にしたわ。あなたは?」
「私もよ。……休んでいる間、何事も起きないといいんだけど」
「心配性ね。畑で作業をしているだけじゃ何も問題は起こりそうもないんじゃないかしら」
「レヴィア様だけだったらそうでしょうね。ただ、レヴィア様の手足のように動く存在が多すぎるのよストッパーがいないと際限なく畑が広がりかねないわ」
「増やすって言っても土地がもうほとんど残っていないでしょ?」
「……町の方に侵食するんじゃないかしら? 世界樹のおかげか内壁区のほとんどの場所で雑草が生えてるし、できそうですわ! って前に言ってたし」
「いくらレヴィア様でもそこまでは……」
専属侍女ではないディアーヌはそこで言葉を止めた。
しばらく間翌日が静寂に包まれたが、どちらからともなく立ち上がって浴槽から出るとシャワーを使って軽く体にお湯を流した後、浴室から出て行く。
その頃には先程の話がなかったかのように他愛もない雑談をしているのだった。