後日譚362.事なかれ主義者は気楽に散策した
あっという間に過ぎていく日々。子どもたちがどんどん成長していき、嬉しいやら寂しいやら微妙な気持ちになる今日この頃。ファマリアは今日もお祭り騒ぎだった。
「最初はだれの誕生日だったっけ?」
「シア様とケント様だよ。その三日後にダイキ様。このお三方が一歳になるわ」
「ダイキ様の誕生日の二日後がリュート様の誕生日でしょ? ずっとお祭りになりそうだねぇ」
「その一週間後は千恵子様の誕生日だから一カ月近く続くんじゃないかしら」
今日は非番なのか、楽しそうに昼からお酒を飲んでいる女性たちの声が聞こえてくる。
彼女たちは全員首輪をつけているけど成人済みだった。恐らく最近やって来た人に色々教えてあげている所なのだろう。非番なのに働き者だな、なんて事を考えながら手元に置かれていた水に口をつける。…………うん、いつの間にかレモン風味になってるわ。
じろり、と近くの椅子に座らされているドライアドに視線を向けると、おすまし顔でレモンを丸かじりしていた。……酸っぱくないのかな。
「いや、二ヵ月以上続くんじゃないかしら? 誕生日の前後の週は集まってきた人たちが祭りを続けるし」
「そうねぇ。まあ、でも私たちには損はないでしょ。年越しのための準備とか今の身分じゃ何も必要ないし」
「奴隷とは思えない待遇だもんね」
近くの席の女性たちの話声は大きいから丸聞こえだったけど、だんだんと話が奴隷になる前の話になってきたので別の人の話に耳を傾ける。
「大会優勝したら何を貰う?」
「俺ぁやっぱ金だな!」
「エリクサーで良いんじゃねぇか?」
「売る時に足元を見られるから、エリクサーと同じ価値の金の方が良いね。売る相手を真剣に考えずに済むしな」
「自分で使わねぇのか?」
「まあ不便っちゃ不便だけど、ここだと上さえ目指さなきゃ苦労する事もなくいい暮らしができるからな」
「ちげぇねぇ」
大きな声で笑っているのはこちらも太陽が高い所にいる時から呑気にお酒を飲んでいる男性たちだ。欠損や傷跡が目立つ彼らは荒くれ者という雰囲気はあるけれど首には奴隷の証である首輪をつけている。
以前までは戦闘用の奴隷は買っていなかったけれど、最近はああいう人たちも買っているって話だったな。
トラブルもその分増えているみたいだけど、手を出さないのに女性ばっかの街というのも良くないし……。まあ、何かあったらエルフたちが迅速に対応してくれるだろうから彼らの話も聞かせてもらおう。
そう思っていたらすぐ近くに店員さんがやってきていた。奴隷の中でも成人している子のようだ。まだ幼い顔立ちだけど、水しか飲んでいない僕に対して非難がましい態度で僕を見てくる。
「オススメを適当に頼む。ああ、ちょっとずつ摘まめるように量が少ない物がいい」
「……かしこまりました」
懐から取り出した袋の中身を見て良い笑顔になった店員の子はキッチンの方にすっ飛んでいった。
……もしかしなくても渡しすぎたかな? まあ、これも勉強代という事で――。
「女を抱ければ後は文句もねぇんだけどなぁ」
「歓楽街はおろか、そういうサービスをしている店が一軒もねぇもんな」
なるほど、発散する場所が必要、と。ホムラたちが言っていた通りだな。
でも、そういうお店って子どもたちに悪影響がありそうだもんなぁ。
どうしたものか、と腕を組んで考えていると店員さんが料理を運んできた。野菜スティックばっかなんだけどナニコレ?
視線で問えば、店員さんがにっこりと笑った。
「シズト様とドライアドが共同で栽培された野菜の盛り合わせでございます」
「…………そうか。肉はないのか?」
「後程お持ちします」
「そうか」
流石に金貨が詰まった袋を渡してこれだけしか出されなかったらボッタクリもいい所だよな。
そんな事を考えながら同席しているレモンちゃんをはじめとしたドライアドたちと一緒にポリポリと食べる。
時折レモンちゃんが自分で持ってきたレモンを差し出してきたけど、食材の持ち込みはマナー違反だと後で伝えておこう。
そんな事を考えながら周りの声に耳を傾けるのだった。
「野菜がビックリするくらい高かったね。いつも食べてるのと味の違いは分かんなかったけど……」
「れも~」
「まあ、ワイバーンのお肉は美味しかったからいいか」
「もん」
お酒を提供している飲食店を出た後、僕はレモンちゃんに先程の店の感想を話しながら通りを歩いていた。
時折通りに面しているお店を見ていると、ふと店の窓のガラスに今の自分の姿が映っている事に気が付いた。
金髪碧眼のムキムキマッチョである。アイテムバッグを漁っていたら見つけたので久しぶりに使ってみたけど、レモンちゃんが引っ付いている時に使ったからドライアドたちにはバレバレのようだ。
ただ町をお忍びで探索するのには十分使えるだろうからと使ってみた。思っていた通り、いつもは殆どの人が視線を向けてくるけど、今は僕よりもドライアドたちに向いているようだった。
流石にお嫁さんたちや子どもたちと一緒に行動したら正体が分かってしまうかもしれないから変装用の魔道具を使ってお忍び散歩はしないけど、一人になりたいときは重宝しそうだなぁ。
そんな事を考えながら、僕はドライアドたちと分かれたり合流したりしながらファマリアを行ったり来たりしながら人々の話に耳を傾けるのだった。