後日譚361.事なかれ主義者はまだ手は出さない
オクタビアさんに正式に婚約を申し込んだら泣かれてしまった。
どうやらだいぶ心配させてしまったらしい。
今度からは曖昧な婚約(仮)はせずに他の方法で後ろ盾になっていると証明する方法をとろう。これ以上増やしたくないし。
正式に婚約したところでオクタビアさんとの関係は変わらない。
前世基準で向こうは未成年でこちらは成人。今までの常識が未だに残っていてついつい流されそうな雰囲気を止めてくる。
「数年我慢したんです。誕生日までは我慢できます」
そう言ったオクタビアさんだったけど、頬を膨らませて不満げな様子に見えるのは気のせいだろうか? 気のせいという事にしよう。
オクタビアさんと正式に婚約する事になった事は夕食の席でみんなに伝えた。みんなオクタビアさんに祝福の言葉をかけていた。
ランチェッタさんはお祝いの言葉もそこそこに仕事モードになりかけていたけど、ディアーヌさんから「仕事ばかり考えてたら愛想つかされちゃいますよ」と言われていた。二人が僕の方に視線を向けてきたけど、敢えてそちらを見ずに黙々と食事を続けた。
「結婚式はだれの教会でしたいとかあるのですわ?」
「特に希望はありません。シズト様はどう思われますか?」
「ん? そうだね。……無難にファマ様で良いんじゃないかなぁ」
「チャム様は良いのですわ?」
「んー……たぶんそこら辺は気にしない気がするし、なによりチャム様はエンジェリアにもちょっかいかけてたんでしょ? 邪神とチャム様が結び付けられていないとはいえ、今回は流石に避けた方が良いんじゃないかな。あ、次回の予定は僕にはないんだけどね!」
慌てて言ったけれどお嫁さんたちは微妙な反応だ。僕自身も言ったけどまだ増えそうな予感はしている。
シグニール大陸出身の人しかいないから、それこそ他の大陸の出身の人とか……。タルガリア大陸やアドヴァン大陸は関係を構築する手っ取り早い手段として打診してくるところは多くなるだろうな。
まあ、大陸間の転移門がない現状、基本的に窓口になっているのはジューンさんかランチェッタさんだから今はそこまでじゃないけど。
微妙な空気を破壊したのはノエルだ。今日も早食いを終えた彼女は、嚥下と共に席を立つと、早歩きをしながら「ごちそうさまでしたっす!」と言って出て行った。
ノエルはどんな時でもいつも通りだなぁ、なんて事を考えているとオクタビアさんが「ではファマ様の教会で結婚式をしましょう」と話を戻した。
「なにか用意する物はありますか? 寄進とかはいくらくらい――」
「そういうのは別にいいよ。ああ、でもウェディングドレスは用意しないとね」
翌日、オクタビアさんは婚約が正式になった事を各関係者に知らせるために手紙を書くとの事で部屋に籠っていた。朝ご飯と昼ごはんの時は降りてきたので問題はなさそうだけど、手伝いはやんわりと断られたので僕がする事はない。
……王侯貴族相手の手紙の書き方は教わったけど、まだもうしばらく使う事はなさそうだ。まあ、使わなくて済むのならそれが一番楽でいいんだけど。
そんな事を考えながら僕はレモンちゃんを肩の上に乗っけたままファマリアへ足を向けた。
育生がせっせと自分の畑に水やりをしているのを見たり、ドライアドたちに声を掛けられたりしながら歩き続けていると畑を抜けた。町の方を見ると、エルフの男性が片膝をついて首を垂れている。
「町の散策にお供してもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたのは世界樹の番人たちをまとめているジュリウスだ。エルフ特有の端正な顔立ちだけど、鍛え上げられた肉体や髪型で女性と見間違える事はない。
これがジュリーニだったらついているのかいないのか分かり辛くなるんだけど……。
そんな失礼な事を考えている間にもジュリウスが当たり前のように用意してくれた魔道具『浮遊台車』に乗り込んだ。
「今日はどちらに向かいましょうか」
「んー……内壁の内側はほとんど見たし、今度は外側に行こうかな。どんどん新しいお店で来てるんでしょ?」
「そうですね。露店は日々変わっているのでシズト様のお気に召す物もあるかもしれません」
レモンちゃんが肩の上から足と足の間に陣取る間に他のドライアドも俊敏な動きで浮遊台車に乗車してきた。もう慣れたけど、ぎゅうぎゅう詰めで端っこの方にいる子が落ちないかちょっと心配になる。
浮いている台車が積載過多で浮かなくなる事なんてないけど、流石に足の踏み場もなくなったところでジュリウスが台車を押して進み始めた。
内壁の内側はドライアド満載な浮遊台車を見慣れている子たちが多いから特に視線は集まらなかったけど、内壁の向こう側は外から来た人も多いのだろう。たくさんの注目を集めた。
ただ、進めば進むほどドライアドたちは勝手に飛び降りて行くのでそれも少しの辛抱だろう。
僕はガイドをしてくれるジュリウスの声を聞きながら新しいお店を見て回るのだった。