後日譚360.事なかれ主義者は手で制した
オクタビアさんは別館にいた。正確にいうと別館の周辺だけど、些細な違いだろう。
彼女は敷物の上に座って、ダークエルフのダーリアと一緒に空を見上げていた。
「あ、またダーリアさんサボってる!」
「サボってない。リラックス方法について伝授していた。大きな空と比べたら自分の悩みなんて小さな物だと認識する方法。でしょ?」
「あ、はい。そうなんです。その……話の流れで教えていただけることになりまして」
「そうなんだ?」
「そうなのだ。だからこれはサボりじゃない」
「普段からサボっているからこういう時に疑われちゃうんだよ」
「普段もサボってない。朝が苦手なだけ」
「そう言いながら昼も寝てることあるじゃん!」
「昼寝は大事。シズト様もそう思いますよね」
「え? うーん…………まあ、種族の違いとかもあるから一概には言えないけど、人間も睡眠は大事だと思うよ?」
「シズト様、そういう理由じゃないんですよ。単純にダーリアが朝にめっぽう弱いだけなんです」
「……そうなの?」
ダークエルフ、なんていうからてっきり夜に活発に活動すると思ってたけど……。よくよく考えたらダークエルフの国に『天気祈願』をしに行く時、街の人たちの様子は人間の街とそう大して変わらなかったような……?
「そろそろ仕事に戻る。……シズト様は私の代わりにオクタビアとのんびりしてはどうですか?」
「そうしたいところだけど……ドライアドたちが陣取っちゃったから遠慮しとこうかな」
どこからともなくやってきたドライアドたちがオクタビアさんを囲むかのようにわらわらと集まってきて寝転がっている。日向ぼっこでもするつもりなのだろう。
「じゃあ私もそろそろ……あの、通してもらえますか?」
「ん~~」
「どうしようねぇ」
「詰めて詰めて!」
「もう入れないよ」
「それに人間さんは日向ぼっこしないって言ってるよ?」
「そうなの? じゃあどうしようか」
「解散する?」
「そうしよー」
嵐のようにドライアドたちが去っていった。
取り残されたオクタビアさんは去っていくドライアドたちの様子をきょとんと見ていたけれど、ハッと我に返って「ドライアドたちもいなくなりましたし、お座りになられますか?」と聞いてきた。
「んー……魅力的な提案だけど、僕が入ったら騒がしくなるからやっぱりやめとくよ」
「そう、ですか。じゃあ私もやっぱりもうおしまいにしておきます」
「リフレッシュはもういいの?」
「はい」
彼女がそういうのならそうなのだろう。
アンジェラが敷物を片付けて「仕事があるのでこれで失礼します」と綺麗なお辞儀をして去っていく。
そうして残されたのは僕とオクタビアさん、それから肩の上のレモンちゃんだけだった。
「シズト様は別館の方に何か用事があったのですか?」
「え? ああ、別館には特に用はないよ。オクタビアさんを探してただけ」
「私を?」
小鳥のように首を傾げると、その動きに合わせて紺色の髪がさらさらと流れた。
「うん。約束の日にはまだ数カ月ほどあるけど、そろそろどうするか決めないといけないかなって」
「そう、ですね。……この場でどうするかお話しするのでしょうか?」
そう問われてから周囲に視線を向けて見えるのは世界樹と本館と別館、それから広大な畑くらいだ。ムードも何もない。
でも、変にムードを作って緊張するくらいならこのくらい普段通りの方が良いのかもしれない。
いや、でも女性ってそういうのを気にするようなイメージがあるからやっぱり場所を変えた方が……他の人たちのプロポーズではそんな気にしなかったから今更か?
あの時は単純に緊張しすぎてそれどころではなかっただけなんだけど……。
今は緊張しているかと問われるとそこまででもない。そこまでではないからもう少し状況とか整えた方が良いのか……。
そんな事を長々と考えていると、オクタビアさんの表情が若干曇ったような気がする。
そういえば、ストレスを感じてるかもしれないから早く応えようと思ったんだった。
「いや、僕はここでいいよ。オクタビアさんは?」
「私は……」
言葉が詰まったオクタビアさんの目が世界樹の方に向けられ、それから西の方を見た。
「ここで大丈夫です」
どことなく表情の硬いオクタビアさんがそう答えた。
そりゃ緊張するよね。僕も緊張ちょっとしてきたような気もする。そうでもないかも。
ムードも何もないけどサクッと終わらせてしまおう。
「婚約の件なんだけどさ。いろいろ考えたけどって、どうしたの!? どこか痛い?」
「いえ、大丈夫です。続けてください」
いや、こぼれてないけど結構涙目なんだけど大丈夫なのか? それだけ不安なのか。あれ、普通に結婚する方向で考えてたんだけど、これで正解なんだよね?
向こうは結婚したいと思ってたけど実はそうじゃないとか……。って、今考える事じゃないよな。さっさと伝えよう。
「正式に結婚しようか。あ、もちろんオクタビアさんの気持ちを尊重するから白紙に戻すなら――」
「戻しません!」
涙をこらえながら強い口調でそう答えたオクタビアさんがギュッと抱き着いてきた。
……大きな声に釣られてこっちを見ているドライアドたち、とりあえず今は取り込んでいるのでこっちに来ないでもらえると嬉しいかな。