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後日譚357.無関心な少年の退屈な休日

 世界樹ファマリーの根元に広がる畑の中に、大きな屋敷に寄り添うように小さな屋敷がある。

 大きな屋敷は本館と呼ばれており、世界樹ファマリー周辺に広がる町を治めているシズトとその配偶者や子どもたちが暮らしている。

 そして、彼らが食べる料理を作ったり、魔道具作りの手伝いをする者たちは別館と呼ばれる小さな屋敷で寝泊まりしていた。

 その中の一人である黒髪の少年が、自分の部屋で目を覚ました。彼の名はバーン。シズトに買われた奴隷だった者だ。

 冒険者見習として荷物持ちをしていた彼は、魔物との戦闘に巻き込まれた同じ荷物持ちの女の子たちを助けるために酷い火傷を負ってしまった。到底子どもに払える治療費ではなかったが、彼を雇っていた冒険者が払う事もなく、奴隷になってしまったのだが、今では安全な場所で駆け出し冒険者よりも多くの給金を定期的に得る事が出来ているから人生何がどう転ぶか分からない物だ。

 そんな彼は、今日もふかふかのベッドで眠る事が出来た事に感謝しつつ、そろそろ起きようかと手を伸ばした。

 室内は光を完全に遮る魔道具『遮光カーテン』の影響で真っ暗だったので、ベッドの近くにあった魔道具の明かりをつける。


「……誰もいない。なにかあったのか? 知らんけど」


 普段であれば彼を慕う女性が誰かしら部屋に侵入して起こしてくるはずだ。だが、部屋を明るくしても誰もいない。ベッドの下の隙間を覗き込んでもおらず、クローゼットを開けて服をかき分けても驚かすような人物はいなかった。

 こんな日は何かしらトラブルが起きたのかもしれない、なんて思った彼は寝間着を脱ぎ捨てた。大きな姿見に映るのは健康的な肌の黒髪の少年だった。火傷の痕なんてどこにも残っていない。

 彼も男なので肌にどんな傷が残っていようと気にしなかったが、彼の雇い主と彼を慕う少女たちが気にするので賜ったエリクサーを有難く頂戴し、元通りの健康的な体にしてもらったのだ。

 普段であれば少女たちが姦しく世話を焼こうとしてくるのでこんなにゆっくりと自分の体を見る事はないので、ついつい姿見の前で自分の体をしげしげと眺めていたバーンだったが、いつもの仕事着に袖を通した。

 そして、いつもとは違い、自分で扉を開けて廊下に出て、思い出した。


「そういえば今日、休みだったわ」


 薄暗い廊下を想像していたバーンは、予想外に明るい廊下を見て独り言ちた。




 いつもの仕事着ではなく、支給されていたズボンとシャツに着替え直したバーンは、寝すぎたな、なんて事を考えながら階段を降りた。

 すれ違ったピンク髪の少女に挨拶を交わした際に「お寝坊さんだね」なんて揶揄われてあらためて今の時刻を尋ねると、朝ご飯を逃してしまった事に気付いた。

 奴隷に落ちる前よりも間違いなく豪華な食事は、日々の楽しみになっていたのでショックも大きかった。


「みんなもうお昼ご飯も食べ終わっちゃったけど、まだ残ってると思うよ。お母さんに聞いてきたら?」

「そうするわ」


 いつもの口癖を言い忘れるほどにはショックを受けている彼はとぼとぼと厨房へと向かった。

 厨房ではスレンダーな女性が皿洗いをするために魔道具『魔動食洗器』の中に食器を入れている所だった。


「あら、遅かったわね」

「なにか食べるもの残ってる?」

「ええ、あるわよ。どこで食べる?」

「めんどいからここでいいよ。知らんけど」

「分かったわ。じゃあそこに座って待ってなさい」


 食事が残っていると聞いて口癖を言うくらいには余裕が出た彼は、言われたとおりに厨房に置かれていた小さな丸テーブルと切り株のような丸椅子の方へ向かった。

 それからしばらくすると、皿に盛りつけられたふわふわのパンに具沢山のスープ、それから採れたてであろう新鮮な生野菜サラダが並べられた。

 一食食べ逃して空腹を訴えていた腹の虫を鎮めるために黙々と食べ進めるバーンは、生野菜サラダを食べたところで視線を感じてそちらを見ると、窓から野菜を食べている様子をジッと見ているドライアドたちがいた。

 監視していたドライアドたちは、しっかりと自分たちの育てた作物が捨てられずに完食されたところを見届けると窓から離れてどこかへ行ってしまった。


「ごちそうさま」

「お粗末さまでした。ああ、食器は私が片付けておくわ。今日は楽しみにしてた一人だけのお休みでしょ? ゆっくりしてなさい」

「……ありがと」


 ボソッとそう言ったバーンは、そそくさと厨房を後にした。




 なぜか彼の主であるシズトから貰えた一人だけの休み。どう活用するべきかと昨日は考え続けていた彼だったが、正午を過ぎるまで寝ていたのでだいぶ計画が狂ってしまっていた。……計画なんて元々ほとんどなかったのだが。

 その原因に心当たりしかない彼はため息を吐く。


「いつもは勝手に連れ回されるからなぁ」


 少女たちが案を出してくれてその中から選ぶのはなんと楽な事だったのか。それを実感しながらバーンはとりあえずファマリアにやってきていた。

 オシャレ好きな少女に連れてかれた服屋を訪れても特にする事もなく、公園に行っても一人で遊んでもつまらないだけだと踵を返す。

 普段であればウロウロと歩き回って疲れた頃には、見繕っていた飲食店に案内してくれる少女もいないので行きたかった店がどこかも分からない。


「…………流石に頼りすぎてたな」


 そんな事を呟いた彼は、とりあえず噴水のある広場にあったベンチに腰かけて足の疲れをいやすのだった。

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