後日譚351.元引きこもり王女はやりすぎないか心配
海洋国家ガレオールの首都ルズウィックにある王城の一室で、ガレオールの女王、エンジェリア帝国の女帝、それからドラゴニア王国の第一王女が机を囲んで軽食を食べながら雑談に興じていた。雑談の主な内容は最近のエンジェリア帝国の事やシズトへの想いについてだった。
だが、朝食を食べるタイミングがなかったエンジェリア帝国の女帝オクタビアがある程度食事を終えたところで、ガレオールの女王であるランチェッタが「本題に入りましょうか」と話題を変えた。
「今回こうして時間を設けたのはシズトとの婚約について話したい事があったからよ。あと数カ月も経てば約束の期日となるわ。そこでシズトが貴女を受け入れてそのまま結婚するかもしれないし、婚約を白紙に戻してなかった事にするかもしれないわ。話を聞く限り、エンジェリア帝国の実権は殆ど掌握する事が出来ているようだし、後ろ盾がなくなっても多少揺らぐかもしれないけれど問題なさそうだという事も分かったわ。よく頑張っているわね」
「ありがとうございます。これもランチェッタ様から様々な事を教わったおかげです」
「はやくエンジェリアが落ち着いてくれないとこっちに損失が出そうだったから協力しただけよ。それに、どういう人物か分かっている相手が国のトップでいてくれた方がこっちとしては都合が良かったのも理由の一つね」
「照れ隠しなのですわ」
「やかましいわよ! 貴女の聞きたい事はもう聞き終わったんだったら静かに紅茶でも飲んでなさい!」
金色の縦巻きロールの先端を弄っていた手を止めて、紅茶のカップを手に取ったレヴィアは言われたとおりに紅茶を静かに飲み始めた。
「ただ、あの人の考え方だと『後ろ盾がなくていいのなら白紙に戻した方が良いんじゃないかな』とか言いそうなのよね。最近はだいぶこっちの考えに合わせてくれるようになってきたけれど、子どもたちの政略結婚に反対なのは未だに変わらないし。…………実際、シズトはオクタビアの事をどう思っているのかしら? …………。レヴィア? あなたに聞いてるんだけど」
「紅茶を飲むのに忙しいのですわ」
「さっきから口をつけるだけで全然飲んでないじゃない!」
「話し合い中、ずっと飲み続けたらお腹タプタプになっちゃうのですわ。でも、女王陛下にそうしろと言われたらそうするしかないのですわ~」
「悪かったわよ! 話に入ってきなさい」
「自分勝手なのですわぁ」
そう言いつつもレヴィアは紅茶のカップを皿に戻した。
それから何かを思い出すかのように視線を上に向け、しばらくしてから口を開いた。
「シズトの考えをペラペラ言いたくはないのですわ」
「それはそうでしょうけど、側室に王族、それも国のトップが加わるのはバランス的にもいい事でしょ?」
「皆仲良くやってるからそこら辺のバランスは考えなくてもいい気がするのですわ~」
「子どもが大きくなったらどうなるか分からないじゃない。それに、子どもたちの事を考えたらバランスをとっておいた方が良いんじゃないかしら?」
「こっちの世界の常識を教えるための教師は既に手配済みなのですわ。それですべてうまくいくと思うほど子育ては甘く見てはいないですけれど、それはそれ、これはこれ。シズトの考えをペラペラしゃべるつもりはないのですわ。それに……仮にシズトがどちらの印象を持っていたとしても、オクタビアがする事は変わらないですわ?」
「…………そうですね。以前の私であれば、白紙に戻されたとしても潔く諦めていたでしょうけど、頂いた時間の間でシズト様の事を知るにつれてそれも難しくなってしまいました。数カ月で何か好転するとは思いませんが、最善を尽くすと思います」
「嘘偽りない本心ですわね。それなら私も微力ですけれど協力はするのですわ。あ、シズトの思考を読み取って得た情報を流す以外で、ですわ」
「ありがとうございます」
「…………わたくしもシズトに直接働きかけてみるわ。話は以上よ。屋敷に帰りましょう」
そう言って立ち上がったランチェッタに、オクタビアとレヴィアも続いた。
ただ、使った食器などをアイテムバッグの中にレヴィアが戻し始めたので、すぐに部屋を立ち去る事はなかった。
(余計な干渉をしてご破算にならないのか心配ですけれど、シズトが決める事ですし私が口を出す事ではない気がするのですわ)
自分が使っていた食器などをアイテムバッグの中に入れながらレヴィアは心の中で呟いた。
だが、彼女のように心を読む事ができる者はこの場にいなかったので、誰にもその独白が伝わる事はなかったのだった。