後日譚350.箱入り女帝は先に腹ごしらえをした
念入りに朝の身支度を終えたオクタビアは、思ったよりも時間がなかったので朝食を食べる事無く城を後にした。
城下に広がる街の中で一番広い場所へと馬車で向かうと、そこには大きな魔道具『転移門』が設置されていた。だが、他の国と比べると転移門を使ってやってくる者もあちら側へ向かう者も多くはない。エンジェリア帝国の紋章が刻まれた馬車は何よりも最優先に通されたため待ち時間はなかったが、そんな特別扱いされずとも時間はかからなかっただろうな、などとオクタビアは思った。
転移門をくぐった先は遠く離れた異国の地。馬車の窓からは内陸国であるエンジェリアでは見る事が出来ない海が見えた。
オクタビアが窓の外の景色を熱心に見ているのは分かっていたが、セレスティナは確認したい事があったため彼女に話しかけた。
「ガレオールでの話し合いが終わったら予定通り我々は引き上げますが、よろしかったでしょうか?」
「ええ。同席は認められていないけれど、部屋の近くに待機するのは問題ないと言われているから話し合いが終わるまでは待っていて頂戴」
窓の外から視線を逸らす事無く答えると、それっきり会話はなかった。
馬車の外では大勢の人々が行き交っていた。肌が褐色の者が大多数を占めていたが、肌の色が全く違う者もちらほらと見かけるし、そもそも人族じゃない者もそこそこの数いた。
人種だけじゃなく、種族すらバラバラなのに道を行き交う人々は他者と違う事を気にしている様子は全くない。
(エンジェリアでこの風景が当たり前になるまで、どのくらいかかるのかしら?)
出来れば生きている間にこの目で見たい、なんて事を思いつつ楽し気に話し合う異種族の者たちを眺めていたオクタビアだったが、もうすぐ目的の場所が近い事に気が付くと姿勢を正し、身だしなみを確認し始めた。
紺色の髪には寝癖一つなく、その上に乗っている豪華な冠は今日も一段と輝いて見える。
ドレスは成熟した体のラインがしっかりと分かるようなタイトな物だ。
動きやすさを重視してシンプルなドレスも考えたが、エンジェリア帝国から出立するのであればそれ相応の格好にした方が良いだろうと判断をした事もあり、豪華なドレスを着ていたがオクタビアの趣味ではなかった。
「どこも変じゃないですよ。本日もお美しいです」
「そうかしら? ……そうだとしたら、あなたたちのおかげよ、セレスティナ。いつも感謝しているわ」
ドレスの装飾が気になっていたオクタビアだったが、セレスティナの言葉を聞いて気にするのを止めた。
丁度、馬車が止まったので丁度いいタイミングだった。
セレスティナの後に続いて馬車を降りると、出迎えてくれたのはオクタビアよりも小柄な褐色肌の女性だった。だが、胸周りに関しては圧倒的に彼女の方が大きい。
「おはようございます、ランチェッタ様」
「わざわざ来てもらって申し訳ないわね。昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、まあ、ほどほどに」
仕事であまり眠れなかったのでオクタビアは言葉を濁したが、ランチェッタは気にした様子もなく「話し合いの場に移動してもいいかしら?」と尋ねた。
「まだ多少時間に余裕があるから見たい物があれば寄る事はできるけど?」
「いえ、大丈夫です」
「そう? それじゃあ向かいましょうか」
ランチェッタが踵を返して城の中へと向かう。
女王自ら出迎え、尚且つ案内する程の人物として周囲にいた人々の視線がオクタビアや乗っていた馬車に向けられていたが、オクタビアは気にしないようにして彼女の後を追った。
ヒールの音が響く廊下を進み、しばらく歩き続けると目的の場所に到着した。
「護衛や侍女は部屋の前で待機させてもらえるかしら?」
「はい、大丈夫です」
本来であれば一人くらいは部屋に入れるのが普通ではあるのだが、今日の会談は部外者を同席させるつもりはランチェッタにはなかった。
ランチェッタからいろいろ統治者としての考え方などを学ぶ際に同様の事が多々あったのでオクタビアは抵抗する事もなく受け入れ、着いてきた侍女や護衛もガレオールの女王のいう事に異議を唱える者はいなかった。
細かな装飾が施された扉を開けて中に入ると、既に先客が椅子に座っていた。
その人物は扉が開く音に気が付くと、ゆっくりとオクタビアたちの方を見た。
「おはようございます、レヴィア様」
「おはようなのですわ。昨日はしっかり眠れたのですわ?」
そう問いかけてきたのはレヴィア・フォン・ドラゴニアだ。
ドラゴニア王家特有の金色の髪や青い瞳よりもドレスに目が行くのは普段それを着ていないという事をオクタビアが知っているから、というのもあったが、なによりも大きく開いた胸元からこぼれそうな程大きな胸が目立つからだろう。
三年の時を経てもあまり大きくなる事はなかった自分の胸元と比べると、いささか自信がなくなるオクタビアだったが、レヴィアの問いかけに答えなければ、と視線を逸らした。
「…………急な仕事が入ってしまったのでそれを片付けていたらあまり眠れなかったです」
先程とは違う答えなのは、レヴィアの首から『加護無しの指輪』という魔道具が提げられているのに気づいたからだ。
今の状態のレヴィアに嘘を言ってもすぐにばれてしまうため、思った事をそのまま答えたオクタビアを、レヴィアは心配そうな表情で見た。
「そうなのですわ? じゃあ話し合いが終わって向こうに着いたらお昼寝をすると良いのですわ!」
「そうですね。ところで、話とは一体何でしょうか? ガレオールで話すという事はシズト様に聞かれたらまずい事ですか?」
「まずい、という訳ではないけれど、事前に話をしておきたかったのよ。王族という立場の仲間が増えるかもしれない事は喜ばしい事だから少しでも白紙にされない可能性を増やして置きたくてね」
「私はただの付き添いなのですわ~。だからちょっと食べる物の用意でもしているのですわ」
そういうや否や、レヴィアは椅子の近くに置いてあった魔道具『アイテムバッグ』の中に手を突っ込んでは机の上にお皿に盛られた料理を並べていく。
「……私も少し頂いてもよろしいでしょうか?」
「そのつもりで準備しているのですわ! ランチェッタは食べるのですわ?」
「そうね、わたくしもデザートを頂こうかしら」
「焼き菓子ならあるのですわ!」
慣れた手つきで料理を並べるレヴィアの手伝いをするため、ランチェッタとオクタビアも机の近くへと向かうのだった。