後日譚341.多弁な義父たちは事前に情報を多少聞いていた
ラオとルウの父親であるロイは朝早くに目が覚めた。窓の外はまだ薄暗く、太陽は登っていない。
彼の妻であるシアはまだすやすやと眠っているようだ。ロイは起こさないように気を付ける事もなく、普通にベッドから降りると寝室を後にした。
ロイが朝食の準備を終える頃にはシアも寝ぼけ眼のまま居間へやってきた。
「……いつもよりも少ないね」
「今日はシズトくんの町へ行く日だからね! 向こうでも美味しい物がいっぱいあるだろうし、少なめにしとこうって昨日伝えただろ?」
「……そうだったね」
シアが聞き流していたんだろうという事は付き合いの長いロイにはお見通しだったが、彼は気にした様子もなく固いパンを齧った。
「向こうではいろんなところからやってきた露天商が店を開いているって言ってたね。中には異大陸の物もあるとかないとか……。楽しみだねぇ? ああ、水のお代わりかな。慌てて食べるからのどに詰まらせるんだよ」
「……ふぅ。余計なお世話だよ。それよりアンタ、つけろって言われてた腕輪、つけてないけどいいのかい?」
「あ、ほんとだ! ちょっとつけてくる」
シアの倍くらいあった朝食を早食いで食べ終えたロイが席を立って寝室へと戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、シアはのんびりと朝食を口に運ぶのだった。
「いらっしゃい! 二人ともよく来たわね。シズトくんはお仕事の時間だからってもうでかけちゃったけど、お昼過ぎくらいには戻ってくるって言ってたわ」
「そうかい」
転移陣を使ってファマリーの根元へと訪れたロイとシアを出迎えたのは二人の娘だった。
お喋りなルウがシズトが不在な事を母親に伝えている一方で、父親の方は話しをあんまり聞いておらず、世界樹をぽかんと見上げていた。
「本当に世界樹がすぐ目の前にあるんだね。……いやぁ、話には聞いてたけどこうして改めて間近で見るとすごい人と結婚したんだなって実感するねぇ。って、あそこに丸まってるの、魔物かい? 敵意が全くないけど大丈夫なんだろうね?」
「刺激しなければ問題ねぇよ」
「そうなのか。それならまあ気にしなくてもいいか。……所でさっきからすごくジロジロ見られているんだけれど、彼女たちもドライアドなのかい?」
「そうだ。そこら中にわらわらいるけど、こっちも刺激しなければ問題ねぇよ」
ロイはあれこれ気になった事を近くにいたラオに尋ねたが、彼女はぶっきらぼうに返答していた。
その周りを囲ってじろじろと新しい侵入者を観察していたドライアドたちは、侵入者が身につけている者を上から下まで隅々まで見た後、腕輪に目が留まった。
「異常なし?」
「なしじゃないかなぁ」
「キラキラピカピカの腕輪つけてるもんねぇ」
「じゃあ大丈夫だね~」
「収穫するぞ~」
「お~」
「じゃあ私たちは草抜きだねぇ」
「がんばるぞ~」
「私たちが今日は止める係かぁ」
「止まるかなぁ」
「止まらないんじゃないかなぁ」
「止まる止まらないじゃなくて止めるしかないんだよ」
わらわらと散っていくドライアドの話の一部を聞き「そう、この綺麗な腕輪の事なんだけど」と思い出したように話し始めたロイ。
「これ、ちょっと高価すぎないかい?」
「そのくらいしないと目印になり得ないんだよ」
「さっきの子たち、ドライアドは個の概念が希薄なんですって。だから私たちを見ても細かな違いが分かんないから、シズトくんの関係者として来訪する人には目印となる者を身につけてもらう決まりなの」
あまり細かく言わないラオの後に、付け足す用にルウが話に加わると「そうなんだね」とロイはしげしげと腕輪を見た。
腕輪には色とりどりの宝石が着けられている。パッと見ただけでも高級品である。使うためと言っても、それを自分たちの家に置いておくのには少々……いや、だいぶ二人は気を張っていたのだが、二人の娘は慣れているようで気にしている様子はない。
「ドライアドたちの確認も終わったし、もう歩き回っても大丈夫よ。まずは町を見る? それともお家を見る?」
「町」
「家にお邪魔してもいいんじゃないか?」
「家主不在だろ? あとで良い」
「お母さんがそういうなら町から行きましょうか」
ぞろぞろと移動を始めた四人をドライアドたちはスルーしていたが、畑作業をしていた金髪の女性は丁寧にお辞儀をしていた。
それに対して、シアとロイも軽く会釈してそそくさと通り過ぎた。
お喋りが大好きなロイすらも口を閉ざして畑の様子を見ていたが、金髪の女性からある程度離れた所で口を開いた。
「…………あの方がルウの話にでてきた王女様かい?」
「そうよ」
「本当に畑仕事をしているんだね。身なりがすごくいいから出自は平民とは思わなかっただろうけど、訳アリの人だと勘違いする所だったよ」
「恰好が格好だからなぁ」
ラオも苦笑を浮かべて後ろを振り返ったが、先程の金髪の女性は相変わらずしゃがんでせっせと草むしりに励んでいる様だった。