後日譚339.事なかれ主義者は一応聞いた
家ごと引っ越しの様子をしっかりと魔動カメラに収めた頃にはお昼の時間が近づいていたので一度屋敷へと戻った。
レヴィさんの姿は見えないけれど、育生は乳母の女性に見守られながら植物に水をあげようとしていて、それをドライアドたちが止めているようだ。
朝見かけたパールさんは見当たらないけれど城に帰ったのだろうか?
そんな事を考えながら辺りを見渡していると、何かが足に纏わりついてきた。
「あ、人間さん! 人間さんを止めて!」
「もうお水いらないの~」
「全部あげちゃったの~」
成り行きを遠巻きに見守っていたドライアドたちが僕に気が付いてわらわらと集まってきたようだ。僕が言ってもやめない気がするんだけど、そんな事はドライアドには分からないだろうしなぁ。
「育生、そろそろご飯だから一度お家に戻ろうか」
「や! おみずあげる!」
「……あの育生がご飯につられない? 熱でもあるのかな」
「ドライアドたちがちょくちょく間食を与えてるからお腹が空いていないのかもしれないのですわ」
「あ、レヴィさん。雑草抜きは終わった?」
「抜いても抜いても生えてくるから終わる事なんてないのですわ。ひとまず私たちはご飯にするのですわ?」
「そうだねぇ。……乳母の人に見ててもらえばまあ大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うのですわ」
「お任せください」
レヴィさんが農作業中、近くで見守っていたであろう乳母の女性が深々と頭を下げた。彼女に任せておけば大体大丈夫だろう。なんか危なそうな時はどこかで見守っているであろうエルフたちが何とかしてくれるだろうし……。うん、屋敷に戻ろうかな。
「人間さん、人間さん連れてって!」
「もうお水いらないの!」
「あげすぎちゃだめなの!」
「そう言われてもねぇ。…………ちょっとご機嫌斜めになっちゃうだろうけど、仕方がないか。ほら、育生。もう水やりはおしまい。屋敷に帰ろうね~」
「や! おみずあげるの~~~」
暴れられても身体強化の魔法が付与されている服だからがっしりと掴んでいられる。
ギャン泣きされると罪悪感で胸が痛むけど、そんな事を気にしているといつまで経っても水をあげようとし続けるから割り切るしかない。
言葉にならない声で泣き叫んでいる育生をあやしながら「そうだね、まだお水あげたかったんだね」などと言いつつ屋敷へと戻ると、騒ぎを聞きつけたわけではないとは思うけどモニカが正面玄関の扉を開けてくれた。
「申し訳ないんだけど、皆には先にご飯食べててもらってもいいかな?」
「私も後にするのですわ」
「承知しました。そのように伝えておきます」
食堂に向かうモニカと別れて僕は階段を上がる。
「別に僕だけでも大丈夫だよ?」
「分かってるのですわ。でも、どうしようもなくなったら私が変わるのですわ。いつもの事だから私の方が慣れてるのですわ~」
「いつもって…………ドライアドたちの事を考えたら育生用の畑でも作ってあげた方が良いかもしれないね」
階段を上がりきると書庫の前を通り過ぎて廊下を真っすぐに進む。
窓の外はドライアドたちで埋め尽くされていて、育生の様子をジッと見ていた。泣いている育生の事が心配なのかな。
「畑もそうですけれど、そろそろ育生の部屋を用意してもいいかもしれないのですわ」
「育生の部屋? 個室はまだ早いんじゃないかな?」
「王族としてであればむしろ遅い方ですわ」
「あー…………畑の件と合わせて後で考えようか。ただ、それよりもまずは育生を落ち着かせないとね」
ただ、他の子と比べると育生は食事への興味が強いから昼ご飯を乳母の人が用意してくれたらすぐに泣き止むんだけど。
……物でご機嫌を取ってるような感じがするから別の方法も考えた方が良いのかな?
泣き止んだけれど、僕の体から離れようとしなかった育生がご飯を食べ終わるまで待つ事になったのでお昼の時間はいつもより一時間以上遅くなってしまった。
準備をしてくれたエミリーに一言「ごめんね」と謝ってから食事をレヴィさんとセシリアさん、それからエミリーの四人で食べた。人数が少ないとなんだか寂しい感じがしたから一緒に食卓を囲んでもらったんだけど、パメラが窓から入ってきて僕のお皿の物をつまみ食いしていったので静かではなった。
「今度は南の方でよろしいでしょうか?」
「うん、よろしく」
「私たちも乗る~」
「乗っけて乗っけて~」
「まだ乗れる?」
「乗れる乗れる~」
「…………まあ、仕方ないか」
大人二人乗る事ができる浮遊台車の上に多数のドライアドを乗せ、ジュリウスに押してもらって南の区画へと向かう。
こっちには迎賓館や円形闘技場があったはずだけど、迎賓館が見当たらなくなっていた。
「すでに移設を終えているようですね」
「何回見てもあっという間に建物ができていくのはびっくりするね」
大きな建材も魔法を使って持ち上げられて建設がどんどん進んでいく。魔力は有限なので一日にできる建物の数は限られているらしいけど、それでも一日で建物が完成するのはすごい。
子どもたちにとってはこういう光景は当たり前になっていくのかもしれない、なんて事を思いながら魔動カメラを回していると、ドライアドたちが思い思いの場所で下車していく。
「他の人に迷惑かけちゃだめだよ」
「「「はーい」」」
「返事だけは良いんだよなぁ。……レモンちゃんもどこかで降りる?」
「れも」
降りなさそうだ。まあいいんだけど。
あれだけギューギュー詰めで乗っていたのに今は広く感じるなぁ、なんて事を思いつつ僕たちは最後の区画である西区に向かいながら空き地が一気に増えた南区を見て回るのだった。