後日譚337.事なかれ主義者はさっさと帰る
結局、ファマリアは大規模な区画整理が行われる事となった。
最初の三日間は聞き取り調査などを用いて内壁の内側で土地を借りている面々の顧客ターゲット層を調べる所から始まった。町の子たちばかりが利用している露天商や飲食店はそのまま残る事になったが、他所から来た人も一定数利用する場所は内壁の外側へと移転する事になった。
それぞれのギルドから反対意見などがまとめて送られてくるかな、と思っていたけれど、どこからも特に苦情はなかった。
工房をまとめる職人ギルド辺りから文句の一つでも来るんじゃないかと思っていたけれど、レヴィさん曰く「偉い人に睨まれたくないから大人しく移動したのかもしれないのですわ」との事だった。
退去してもらう代わりに渡す金銭がそこそこあるとの事だったのでそれも関係しているのかもしれない。
ファマリアの区画整理が行うと決められてから四日目になる頃にはユグドラシルやドランの方角からたくさんの魔法建築士たちがやってきて、賑やかなファマリアはさらに騒がしくなった。
「予定通りにすべてが進んでおりますのでご安心ください、マスター。工房や商店の移動場所も全て決めてあります。内壁区から外壁区への移動はドタウィッチ王国などから呼び寄せた魔法建築士に任せれば問題なく進むはずです」
「内壁よりも内側の内壁区は奴隷たちの居住区画にする事にしたわ、ご主人様。もしも増加しても問題ないように建物は全体的に階層を増やす予定よ。溜まっていたお金も今回の事でだいぶ市場に放出できたと思うわ」
「二人ともありがとね」
朝食後のティータイム中に現状報告をしてくれたホムラとユキは、ぱっと見では人族の女性だけど実際はホムンクルス……こっちの世界の言い方に合わせると魔法生物である。
普通の魔法生物は土で出来たゴーレムやガーゴイルだったり、動物の姿形をしている事が普通らしいけど、神様の加護のおかげか、それとも別の世界からやってきた僕のイメージの影響か限りなく人に近い姿だった。人と違うのは、魔石が体の中にある事と、繁殖能力がない事だろう。
そこは神の領域なのか、それとも別の理由があるのか分からないけど与える事が出来ていなかった。それでも夜になると他のお嫁さんたちと同様に夫婦の営みはしている。
「午前のやる事が終わったら街の様子を見に行っても大丈夫かな?」
「問題ありません、マスター」
「予定を空けておいた方が良いかしら、ご主人様?」
「忙しいだろうし、別にいいよ。適当にジュリウスと様子を見て回るから。それに、デートはこの前したばかりでしょ?」
「……それもそうね、ご主人様」
「……かしこまりました、マスター」
今日の事を伝え終わったのか、二人は席を立って食堂から出て行った。
彼女たちが使っていた食器をすばやく片付けたのはアンジェラだ。人族の明るい女の子だ。今日は本館のお手伝いをさせて貰えたようだ。
アンジェラくらいの年ならまだ遊んでいてもいいような気もするけど、それは前世の価値観なので口を噤み、紅茶をグイッと飲み干す。すると紅茶を簡単に淹れられる魔道具を持ったアンジェラがすぐ近くにやってきた。
「おかわりはいかがですか?」
「レモンモ?」
「いや、そろそろ僕も行かないとだから、どっちも大丈夫。レモンちゃん、レモンはアンジェラにあげて」
「レモーン」
今日の『天気祈願』の依頼はいつもの者と比べるとちょっと特殊だった。
雪が降らない地域で「愛娘に雪を見せてやりたい!」と貴族から依頼があったので、事前に魔動車を走らせておいた。魔動車には転移陣が設置されているので、転移門で通じている首都から遠く離れた場所でもあっという間に移動ができて楽だ。
「こんな辺鄙な所までわざわざお越しいただきありがとうございます」
出迎えてくれたのは奇抜な格好をした中年の男性だった。ノーブリーの端っこの方を治めている辺境伯だったはずだ。
「仕事ですから。……それより、雪を降らせるのは街全体でいいんですか?」
「はい。事前に伝えているので混乱も起きないでしょう」
どうだろう。馬車とか走り辛くないのかな、とか雪に慣れていない人が転ばないかな、とか心配な点がいくつもあるんだけど……僕が考える事ではないか。
「期間は三日ほどでお間違いないですか?」
「間違いないですとも! 娘は絵を嗜んでおりましてね。『雪に覆われた街をこの目でしっかりと見て描きたい!』と申しておりまして、三日ほどあればある程度ラフは出来上がるでしょう。いやはや、依頼を出してからだいぶ経ってしまいましたが、来てくれてよかったです」
「依頼が立て込んでてなかなか来れず申し訳ないです」
実際は優先順位をつけて対応しているから後回しになっていただけだけど、余計な事は言わない方が良いだろう。
三日も雪が降ると除雪が大変な気がするんだけど、それも再三伝えたし、言われた通りお祈りしてさっさと帰ろう。
「『天気祈願!』」
ごっそりと魔力が持っていかれる。雲もなく、雪が降るような気温でもないのでそりゃ当然だ。
想定よりは少なく済んだのは依頼を貰ってから結構経って僕の魔力が増えたからだろうか?
「一時間後には降り始めると思います。寒くなるので町の人たちに厚着をするように伝えた方が良いですよ。それでは――」
「少々お待ちください! よろしければ娘が描いたものを見ていきませんか? 軽い食事も用意してあります!」
「申し訳ありませんが、次の依頼がありますから。お金と教会の件、くれぐれもよろしくお願いしますね?」
「…………わかりました。また機会がありましたらよろしくお願いします」
縁談の申し込みでもするつもりだったのかな。
これ以上はできれば増やしたくないので、次の依頼はないけれどジュリウスに開けてもらった扉から魔動車にそそくさと乗り込んだ。
「……子どもたちのために雪を降らせるのもありかな?」
「れも!? レモン!!」
「ん? ああ、ファマリアではやらないよ。植物への影響あるかもしれないし」
世界樹パワーで何とでもなりそうな気もしなくもないけど、やるとしたらまずはドライアドに聞いてからにしよう。
そんな事を思いつつ、魔動車は仮面をつけたエルフに任せて僕とジュリウス、それからレモンちゃんは転移陣を使ってファマリーの根元へと帰るのだった。