後日譚334.見習いメイドのある日の日常⑤
「あ、そろそろ魔力がなくなりそうです」
「では、今日はここまで。トレーニングをする事は良いが、座学でしっかりと知識も身につけておくように」
「はい!」
残りの魔力が一割程度になったところで盾を使った防御の練習がお開きとなった。
上手くガード出来ないと危ないからという理由で刃を潰された武器で攻撃されていたアンジェラだったが、ジュリウスが使えばそれでも十分凶器だった。
「しばらくは盾の練習だけに専念した方が良いかな? 明日もエドガスくんは来るだろうし、その時に防御しながらの詠唱の練習をするとして……動きのおさらいは姿見の前でやればいいか」
ブツブツと呟きながら歩いていたアンジェラの周辺の畑ではドライアドたちが活動を止めてそれぞれが暮らしている世界樹の元に帰るところだった。
ドライアドたちが使う『精霊の道』を使ってその場からいきなり消える者もいれば、転移陣を使って戻っていく者たちもいる。
それとは入れ替わる形でどこからともなく現れたのは真っ黒な肌のドライアドだ。彼女たちはアドヴァン大陸にある世界樹カラバからやってきた者たちで、他の大陸のドライアドたちと異なり夜行性だった。
そのため、夜の間は彼女たちが畑の警備と転移門の監視をする事になっていた。
「ねむーい」
「まだはやいよぉ」
「でも交代の時間だよ?」
「それじゃあしょうがないねぇ」
「……まだ昼の子たちがいるし、二度寝してもいいんじゃない?」
「そうかも~」
「二度寝しちゃお~」
そんなやりとりをする子たちを見るのも慣れているのでアンジェラは特に突っ込む事はなく、地面に寝転がっているドライアドを踏んづけてしまわないように避けつつ本館へと戻った。
本館では夕食が近づいてきているという事で少し慌ただしい雰囲気だったが、厨房から食堂へと料理を運んでいる人族の少年少女たちは丁寧に食事を運んでいた。
「私のする事はなさそう」
食堂の出入り口付近から中を覗き込んでいたアンジェラだったが、配膳も役割分担をしてテキパキと進められている。侍女としての仕事が何もないな、なんて事を思いつつも食堂を素通りして右手側にあった扉を開けて中に入った。
そこは広い脱衣所だった。天井は高く、ぶら下げられた巨大な魔道具『魔動扇風機』がくるくると回り、部屋の空気を循環させていた。
棚には空っぽの籠が並べられ、魔道具『マッサージチェア』の近くには『冷蔵庫』とシズトが呼んでいる箱型の魔道具が置かれており、その中には瓶に入れられた牛乳が並んでいた。
「全部片付いてるし、飲み物も新鮮な物っぽい」
仕事がないのであれば見回りでもして見つけてしまおう、とアンジェラは行動していた。
脱衣所に問題がない事を一通り見て回った後は、長い靴下を脱いで浴室に入る。
湯気に満ちた温かいその部屋も天井は高いが、先程と異なり水の音が聞こえてくる。
打たせ湯も電気風呂も薬草風呂もすべてに魔石はセット済みで、いつでも入れるようになっていた。
排水溝周辺を見ても水垢は見つからず、カビも生えてない。
「魔道具化が進むと確かに仕事減っちゃいそうだなぁ」
もこもこと泡が浮かんでいる泡風呂を起動して泡の山を作っておきながらアンジェラは以前ジュリーンやエミリーが言っていた事を思い出した。
ハウスキーパー的な役割が不要になるのであれば、侍女に求められるのは主人に対するサービスくらいだろうか?
そんな事を考えながらもアンジェラはお湯の温度やら桶の位置やらを隅々まで確認した後、浴室を出るのだった。
その後、一階を一通り見て回ったアンジェラは、二階によって異常がないか確認した。
二階は子どもたちとその乳母が生活している区画だ。だが、部屋の前を通ると泣き声や話し声が聞こえてくる。以前までは子どもたちそれぞれの部屋に遮音結界が張られていたのだが、何かあった時に気付けないかもしれない、という事でシズトと一部の嫁の部屋以外は撤去されていた。
泣き声が聞こえる部屋の扉を開けて中を覗くと、まだ一歳にもなっていない子どもたちの部屋だった。元気に泣いている健斗の対応は乳母がしており、他の乳母は紫亜と大樹にご飯をあげている。カーテンは開いており、窓の向こうには泣いている健斗の様子が気になるのか、黒い肌のドライアドたちが集まっていた。
「なにか御用ですか?」
乳母はどこかの貴族令嬢である。身分で言えばアンジェラの方が下なのだが、アンジェラがシズトと親しい間柄であると乳母たちは認識していたので邪険に扱う事はなかった。
「なにかお手伝いする事がないかなと見て回ってるんです」
「ここは特にないです。今日はシア様の調子も良いですから」
「そうですか。それは良かったです」
紫亜は他の子と比べてもよく熱を出していた。もしかしたら病弱な子なのかもしれない、とアンジェラはシズトから貰った物を返すべきか悩むくらいには心配していたのだが、乳母もシズトもセシリアも魔道具を渡すようにとは言わなかった。
エリクサーや上級ポーションが常備され、『聖女』の加護を持つ者も常駐しているので万が一何かがあるとは思えないのだが、もしもの時は迷う事無く紫亜に渡す事ができるようにしよう、とアンジェラは思いつつ部屋を後にするのだった。