後日譚333.見習いメイドのある日の日常④
昼前にはエドガスは使い物にならなくなったので、一人でドライアドたちと追いかけっこをしながら身体強化の練習をしていたアンジェラは、ファマリアの方から鐘の音が聞こえるとドライアドに別れを告げて別館へと急いだ。
別館では既に昼食の準備は終わっていたのでそこで昼食を食べる。食卓に並ぶのは採れたての野菜がふんだんに使われた生野菜サラダと、野菜と肉がゴロゴロとは言っているシチューだった。
食事に同席したのは、シズトに保護されているエルフの少女リーヴィアと、魔道具作りをするために別館で住み込みの生活をしているジューロというエルフの女性だった。二人とも小柄だが、事情は異なる。
エルフの女性というと成人する頃には背が比較的高く、スレンダーな体型をしているのが一般的だが、リーヴィアはまだ成長の途中だから小柄だった。これからは平均的なエルフの女性くらいは成長する可能性は十分あった。
だが、ジューロは成長が途中で止まってしまったので小柄な体格のままだ。今後伸びる事はない。ドワーフや一部の人間にはとても好まれそうな体格をしているのだが、エルフの中で彼女の事を異性として見る者はほとんどいない。
「ジュリーニさん、今日もこっちで食べるの?」
「向こうで食べるわけにはいかないからね。どこで食べても一緒だけど、僕だって温かい物を食べたいから」
アンジェラの問いに答えたのは、これまた小柄なエルフの男性だった。
彼もまた、ジューロと同じく成人済みだが成長が途中で止まってしまって平均から大きく逸脱してしまっている。
そんな彼は同じ身体的問題を抱えているジューロに好意を寄せている事はアンジェラから見ても明らかだった。だが、ジューロは彼の事を好きでも嫌いでもない。それならば、とアンジェラは隣に座っていたリーヴィアに話しかけた。
「良かったね、リーヴィアちゃん」
「べ、別に何もいい事なんてないわよ!」
「素直にならないと手に入る物も手に入らないよ、リーヴィアちゃん」
「余計なお世話よ!」
顔を真っ赤にしながらシチューをがつがつと食べるリーヴィア。
ジュリーニはチラッと彼女の様子を見たが、再びジューロに話をし始めた。
このままだったら友達の恋は叶わないかもしれない。
そんな事を思いながらも誰よりも多くシチューを頬張るアンジェラだった。
食事を終えたアンジェラは手伝いが特に必要でない事を確認すると再び別館から外に出た。そして、本館を見上げる。見上げた先にはジュリウスがいた。屋根の上で周囲を睥睨するかのように立っていたが、アンジェラの視線に気が付くと彼女の近くに飛び降りた。
「シズト様のご予定に変更はありますか?」
「特にない。今頃食後のティータイムをしている頃だろう。エドガスとの訓練で何か気になった事はあるか?」
「……エドガスくんだから何とかなったけど、身体強化を部分的に使うのはまだ実用レベルじゃないと思いました」
「慣れるまで鍛錬しろ、と言いたいところだが…………人間は寿命が短いからな。魔力総量を地道に増やす方向に専念してもいいかもしれんな。だが、手が多い事に越した事はないから引き続き部分強化を用いた近接戦闘訓練は続けるように」
他には特に思った事はないのでアンジェラが口を噤むと、ジュリウスは「移動するぞ」とアンジェラに近づいた。
アンジェラはジュリウスの意図をすぐに理解すると、杖を取り出して構え、極力口を動かさないように気を付けながら詠唱をするとその場から先程までエドガスと組み手をしていた場所へと転移した。
「……精霊魔法とは異なるから何とも言えんが、詠唱の間の隙が大きいな」
「そうなんです。近接戦闘に組み込むのは現実的じゃないなって。それこそ『転移』の加護があれば魔法と併用する事もできるんでしょうけど……」
「ない物ねだりをしても仕方がないだろう。…………シズト様の子どもたちの魔法の講師役に立候補をしている者の中に転移魔法が使える者がいたはずだ。今度シズト様の許可を貰って連れてこよう」
「ありがとうございます」
「気にするな。こっちの都合で戦闘技術を優先的に学んでもらっているんだ。技術を身につけるための協力はできる限りするのが当たり前だ。それよりも、まずは無手から始めるぞ」
「分かりました」
ジュリウスと向き直ったアンジェラが構えをとる頃には周囲にはどこからともなくドライアドたちが再び集まってきていた。ただ、先程とは異なり、アンジェラが手玉に取られる光景を見る事になった。
それは無手でも片手剣でも槍でもナイフでも変わらず、メイド服はどんどん汚れていくが、服が切り刻まれる事はなかった。以前は服も体も気にせずにしていたのだが、通りがかったシズトがとても怒ったため、武器を使う場合はジュリウスからはあくまで寸止めに留める事になっていた。
「何でも使えるのずるいです、師匠! 私も全部上手に使えるようになりたいんですけど、コツとかありますか?」
「コツなどない。寿命の差だ。お前はそうなる必要はない。魔法だけ極めるのも一つの手だ」
「魔法だけ鍛えても接近されたらシズト様を守れないかもしれないじゃないですか」
「…………守る、か。あくまで守る事が優先であるのであれば、盾の技術を学ぶのもありかもしれんな」
そんな話をしながらも隙を見ては攻撃を仕掛けるアンジェラとジュリウスの鍛錬は夕方頃まで続くのだった。