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後日譚332.見習いメイドのある日の日常③

 日課となっている祠の掃除とお祈りを済ませたアンジェラは、まだ一緒に鍛錬をしている狐人族の少年が来ていない事をドライアドに確かめた後に本館の方へと向かった。仕事が何かないか聞くためだ。


「ここは手は足りてるわ」

「ですよね」


 真っ先に向かったのは本館の一階にある厨房である。

 そこには狐人族の女性と、その配下の少年少女たちがお昼の支度をしていた。

 朝食が終わったばかりだというのに、調理器具や食器は既に洗われた後で、乾燥もすんでいた。それを可能にしているのがこの本館の主であるシズトが作り出した魔道具の数々だ。

 魔動食洗器は改良に改良が重ねられ、乾燥機能もついている。それに入りきらない大きな物は洗う必要があるが、魔道具の中に入ってしまえばどんな汚れも綺麗にしてしまうので洗い直しをする必要もない。


「エドガスがそろそろ来る頃でしょうし、そっちの相手してもらってもいいかしら?」

「まだ来てないんです。エドガスくんが来たら窓の外の子たちが教えてくれる手筈になっているので、しばらく料理の見学をしていても良いですか?」

「別に構わないけど……………シルヴェラさんと大差ないと思うわよ?」


 元々、エミリーは料理ができる愛玩奴隷として売られていたが、生まれたのはどこにでもある村だ。今でこそ、多少は豪華な料理を作る事ができるようになっているが、見世物にできるほどのスキルは身につけていない自覚があった。

 それでもアンジェラは大量の野菜を手早くカットしていくエミリーの手元が見える位置に移動すると、じっと凝視し始めた。


「お料理はまだしっかり学んでいないですし、いろんな人からいろんな事を学んだ方が良いとシズト様に言われたので……」

「……まあいいわ。好きにしなさい」


 ちょくちょく小腹を空かせた者たちが料理をしているエミリーを凝視する事があるので見られる事には慣れている。シズトやドラゴニアの王族にジッと見られていても今では緊張する事はなくなったエミリーからしてみるとアンジェラに見られる程度はどうという事はなかった。

 しばらくの間、黙って野菜を切るエミリーを見ていたアンジェラだったが、ふと何かに気付いた様子で窓の方に視線を向けた。少し遅れてエミリーの耳が窓の方の音をしっかり拾おうとするかのように動く。


「どうやら見学はおしまいのようね」

「そのようです。またお時間がある時に見に来てもいいですか?」

「別にいいわよ。……ただ、シズト様がいない時、その話し方はやめてほしいわ。調子が狂うから」

「……わかった。それじゃまたね、エミリーさん」


 厨房には外に直接通じる出入口がある。アンジェラはエミリーに別れを告げると、その扉から出て行くのだった。




 アンジェラがいつも一緒に鍛錬をしているのはエミリーの弟で、名前をエドガスという。

 一時期は冒険者として活躍する事を夢見ていたどこにでもいるアクスファースの子どもだった。

 アンジェラは一緒に稽古するにあたって、これまでの鍛錬がいかに過酷で厳しいものだったかエドガスから聞いていたのだが、数回手合わせすればある程度自身との力量差を分かるようになっていたので、話が盛られている事は察していた。

 それでも愛想笑いを浮かべながら昨日帰ってからの鍛錬を聞き流していたアンジェラは、準備運動を終えたので早速組み手をする事にした。


「いや、ちょっと今日は調子が悪いというか……」

「ちょうどいいね。体調が悪い時の事を想定したうえで組み手してみよ」


 最近のアクスファースは食糧や水の調達が比較的容易になったので他民族を襲撃する事は徐々に減りつつある。だが、アンジェラが言う通り、襲撃者は体調が悪い相手だろうと容赦はしないだろう。

 この言い訳も駄目だったか、等と思っているのかエドガスは一瞬遠い目をしたが、なんとかアンジェラに食らいついて行く。


「……鍛錬はちゃんとしてるみたいだね」

「当たり前だっ!」


 ひらひらとスカートを揺らしながらエドガスの攻撃をかわしていくアンジェラ。表情が崩れる事もなく最小限の動きで避け続けていたが、時折思い出したかのようにエドガスの体に触れると彼を投げ飛ばしていた。


「ちょっと休憩する?」

「必要ねぇよ! ちょっと俺より身体強化が上手いからって調子に乗ってられるのも今の内だぞ! 俺はまだ本気出してないからな!」

「そうなんだ? じゃあ出力をもう少し上げても大丈夫かな?」

「…………しゅつりょく?」

「私も加減してたんだ。常に全力で身体強化を使ってたら効率悪いもんね。エドガスくんもそうなのかな?」

「あ、ああ、もちろんそうだけど? ちなみに、アンジェラはどのくらい抑えてたんだ?」

「んー…………三割くらい? もうちょっとかな?」

「…………さんわりってどのくらいだ?」

「十に分けた三つ分くらいでやってたよ」

「…………そうか。お、俺と同じくらいだな」

「そうなの? じゃあお互い全力で――」

「いや、あのエルフが来るまではお互い今のペースでやろうぜ! その方が効率的ってやつだろ?」

「そうかな?」

「そうだって!」

「んー、まあ、今日は師匠が来るまではそのつもりだったし、別にいいよ?」

「じゃあ決まりだな!」


 そう約束を取り付けつつも、エドガスは自分だけ身体強化を全力で使った。

 だが、魔力コントロールに雲泥の差があるので魔力効率はアンジェラの方が数段上だ。


(このくらいだったらピンポイントの魔力コントロールの練習をしながらの方が良いかな)


 そんな事を思いながらアンジェラはお昼ご飯の時間になるまで何度もエドガスを転ばせ、投げ飛ばす。その様子を周囲に集まっていたドライアドたちが「お~~~」と言いながら眺めていた。

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