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後日譚330.見習いメイドのある日の日常①

 世界樹ファマリーの根元には二つの大きな建物がある。

 一つは本館と呼ばれるシズトとその家族が主に生活をしている場所だ。今は乳母が子どもたちの夜の面倒を見るために生活をしているが、そろそろ人数を減らすべきじゃないか、と屋敷の主であるシズトが提案しているそうだが、しばらくはこのままだろう。

 もう一つは別館と呼ばれている建物で、主にシズトとは婚姻関係を結んでいない者たちが寝泊まりをしている。その多くが初期の頃にシズトから買われた奴隷だったが、シズトの生誕祭やシズトの子どもたちの誕生日に度々行われている恩赦によって奴隷から解放されていた。

 それでも出て行く事を望む者はいない。労働環境がとてもよかったから解放されても仕事を続ける事を望んだからだ。その中にはアンジェラの両親も含まれている。ただ、彼らが仕事を続ける事を望んだ理由はシズトから受けた恩を返す事が一番大きな理由だった。

 奴隷落ちする間接的な原因だった父親の大怪我もエリクサーによって治療されたのも大きな借りだが、病弱だった愛娘を元気な普通の女の子にしてくれた。その恩を返すまでは二人は無給でも働き続ける所存ではあったのだが、結局今まで通りお小遣いという名の給料をもらうという所で話は落ち着いていた。

 それは、魔道具によって生かされ、すくすくと育っているアンジェラもそうだった。


「シズト様が望めばお嫁さんにもなるんだけど……それは恩返しにはならないかもしれないし、お仕事を貰えるように頑張るしかないよね」


 今年で十歳になるアンジェラは与えられた自分の部屋で大きな姿見に映った自分を見ながらそう呟いた。

 背丈とともに徐々に丸みを帯びつつある彼女の体はここ一年だけでもすくすくと成長を続けている。栄養もしっかりと取る事が出来ているが、運動もしっかりしているので太る事もない。

 首元にはシズトからプレゼントされたネックレス型の魔道具がぶら下がっており、今も尚彼女を病から守っているようで、魔法陣が淡く光っている。

 身に着けているメイド服は、他の人の物と比べるとスカート丈が短く、膝よりも少し上だったが、それは彼女がおしゃれに目覚めた、とかではなく動き回るのに便利だからだった。露になっている足は肌が見えないようにと長くて黒い靴下を履いている。

 身だしなみの最終チェックを終えたアンジェラは、自室を後にして階段を降り、共有部の食堂へ向かった。


「アンジェラ、おはよう。ご飯はもうできているから先に食べちゃって」

「はーい」


 料理を並べていたのはアンジェラの母であるシルヴェラだ。体は細いが元冒険者という事で力はそこそこある。

 シズトの奴隷になった当初はそばかすがあったが、シズトが試しで作った魔道具の実験体に志願し続けたり、お風呂を毎日欠かさず入っていた事もありそばかすはなくなっていた。それだけではなく、若々しく瑞々しい肌も手に入れていたので、実年齢よりも若く見える。それを自慢する相手はいないのが残念だ、と常々言っているがアンジェラはスルーしていた。

 採れたての新鮮な野菜サラダをもしゃもしゃと食べている間に続々と目が覚めた人が降りてくるが、いつまで経っても食堂に顔を出さない者もいる。


「アンジェラ、食事が終わったらボルドさんに食事を届けてもらっていいかしら?」

「分かった。あとダーリアさんも起こしてくるね」


 もぐもぐと急ぐ事なく食べ進めたアンジェラだったが、後から来た者たちは早食いをする者がいないので彼女が一番早く食べ終えていた。

 アンジェラは食器を片付けるために台所へ向かい、そのついでに引きこもりと化しつつある魔道具職人のボルドのために料理を受け取ると『浮遊ワゴン』と呼ばれる魔道具を押して一階の奥の部屋へと向かった。


「ボルドさん、朝ご飯ですよー」

「お、置いておいてくれ」

「はーい」


 以前までは部屋に侵入していた彼女だったが、気配を消す訓練をジュリウスから受け続けた結果、彼に気付かれる事なく部屋に入る事も可能になっていた。実際、なんどか彼に気付かれずに部屋に入っては彼を驚かせていたが、最近はアンジェラもそういう事をする年頃ではなくなったのか、それとも飽きたのかは分からないが部屋に入らずに廊下に置いておくことが多くなっている。

 踵を返したアンジェラは階段を上がってすぐの部屋をノックする。とにかく朝が弱いダーリアの部屋である。当然反応はない。扉を開けようとしたが内側から鍵が掛けられている様だった。


「しょうがないなぁ」


 ため息交じりにポーチから取り出したのは片手で持てるサイズの杖だった。

 彼女は小さな声で、口の動きは最小限に詠唱をすると次の瞬間にはその場から消えた。

 それからしばらくの間、静かだったが、部屋の中から声が聞こえてきた。


「ダーリアさん! いい加減起きないとクビにされちゃうよ! え? その時はその時? こんなぐーたらな人をシズト様と同じくらいの条件で雇ってくれる人なんていないよ~。ほら、ご飯食べに行くよ!」


 何かが床に落ちる鈍い音がした後、扉が内側から開かれた。

 中から出てきたのはアンジェラに引き摺られたダークエルフのダーリアである。寝間着姿の彼女は枕だけは手放すつもりがないのか、両腕で抱えるように持っていた。

 長身のダーリアを背が低いアンジェラが抱えるのは難しい、という事で普段見慣れている人の引き摺り方食堂まで連れて行ったアンジェラは「そろそろ行ってくるね!」と食事を続けていた面々に言うだけ言うと別館の外へと向かうのだった。

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