後日譚328.事なかれ主義者は退散した
ロイさんに案内されたのは居酒屋のような場所だった。ほぼ貸切状態である。僕が来るからと店主に無理を言ってお店を開いて貰ったらしい。損はさせないから、と拝み倒したらしいけど……うん、損はしてないんじゃないかな。
どんどん出される料理の数を二人でモリモリ食べていく。
僕とクーはそのおこぼれを貰う感じでちまちま食べていたけど、二人だけで何人分食べるんだろうか? と思うくらいにはたくさん食べていた。
「ここはねぇ、むかぁしから通ってたのよぉ。たまぁに静流を連れてご飯を食べにも来るんだからぁ」
赤ら顔のルウさんはだいぶ酔っている。ここまで酔っているのはあんまり見た事がないけれど、故郷で飲む時はこのくらい普通なのかもしれない。ロイさんはルウさんを優しい眼差しで見守っているだけで特に何も言って言わなかった。
ジョッキで出てきたビールのような物をちびちびと飲んでいる僕はというとそこまで酔ってない。酔っても困らないんだけど、ビールはやっぱりまだ僕には早い気がする。……これがビールなのか、異世界風なんちゃってビールなのかは分からないけど、もしもこれがビールだったら前世でも飲まなかっただろうなぁ。
そんな事を思っていると、ルウさんとロイさんの会話が一時中断されて、ロイさんが僕に話しかけに来た。
「シズルとランカのプレゼントについて相談に来たんだって?」
「はい。お義父さんたちはどんなプレゼントをあげていたんですか?」
「そう大した物は渡していないよ。万が一の時のために蓄えておく必要もあったからね。あの二人くらいの年の頃だったらなおさらだ。……強いてあげるとしたら少し豪勢な食事を用意して祝ったくらいかな?」
「お父さんは元々冒険者をしていたから他の人よりお金は稼いでたけど、私たちがいたから遠出もあまりできなかったものね」
「そうだねぇ。ここら辺じゃ、あんまり割のいい仕事はなかったけど、ある程度安全は確保できたからね」
あ、話がズレた。こうなるとしばらくは話は戻らないな。
ルウさんとロイさんの話はどんどん脱線していき、どんな依頼を受けたかの話になっていった。
「そういえば、シズトくんも冒険者なんだよね?」
「……まあ、そうですね。ただ、低ランクの冒険者ですが」
「そうかい。じゃあ、あんまり魔物退治のお手伝いとかはお願いしない方が良いね」
「そうですね。足手まといになってしまうので」
遠くから雷を落とすくらいだったらできるけど、そういう使い方はチャム様の事を考えると極力避けたい。使うとしてもバレないように魔法に装う感じで使いたい。ただそういう練習をしていないので、今すぐ手伝ってと言われても僕にできる事はない。
っていうか、そういう状況になったら大人しくお留守番をしているジュリウスがこっちにやってきて代わりに魔物を刈りつくしちゃうだろうし……うん。
「なにかあったの?」
「差し迫った脅威が迫っているとかではないよ。ただ、外から来た商人たちが魔物の数が増えているって言ってたからそろそろ魔物の間引きをしないといけないからね」
「そのくらいだったら私たちが手伝うわ」
「いいのかい? とても助かるよ。まだまだ現役だ、って言いたいところだけれど、結構体にガタが来ていてね。ソロだとしんどいかもしれないから」
「むしろそろそろ引退した方が良いんじゃない?」
「引退したところでやる事はないからなぁ」
新しい趣味でも見つけるべきかと悩み始めるロイさん。
そんなロイさんを、心配そうに見つめるルウさんはロイさんに長生きしてほしいんだろうな。
魔物の間引きぐらいエルフにお願いすればあっという間なんだろうけど、ここでの僕はあくまで冒険者という事になってるし、自分で何とかした方が良いのかな、なんて思わなくもない。
帰ったらいい感じの魔道具がないか探してみようかな、なんて思っている間にもう次の話題に移っていた。
あんまり気にしなくてもいいかもしれない。
大食いなロイさんとルウさんは店主さんに「そろそろ夜の仕込みがあるから帰ってくれ」と言われて店を追い出されたのでお開きとなった。
千鳥足で歩いて危なかったロイさんに肩を貸したかったけど、体格差がありすぎて難しい。
結局、まだまともに歩けるルウさんが肩を貸す事で話がまとまった。
帰る途中はルウさんが楽しそうにロイさんと話をしているのを横目で見ながら歩き、ルウさんたちの実家についた。
「飲みすぎだよ。ほどほどにするって話じゃなかったかい?」
「はい、すみましぇん」
地べたに座らされたロイさんは、シアさんにジト目で睨まれて小さくなっている。その体をアスレチックなような物にして遊んでいる蘭加を回収し、家の中で待っているはずのラオさんと静流の元へと向かおうとしたところでシアさんに「待ちな」と呼び止められた。
「な、なんでしょうか」
「そう身構えなくてもいい。アンタは悪くないって分かってる。それより、一度アンタたちが暮らしている町を見て見たくなったんだけど、向かうにはちょっと遠くてね。アレを使わせてもらえないか?」
「アレ? ああ、アレですね。いいですよ」
「そうかい。アンタには迷惑をかけないように気を付けるし、勝手に見て勝手に帰るからもてなしも結構だからね」
「分かりました。ただ、向こうに行く時は出迎える必要があるので、来る日時を教えてほしいです」
「そうだね……。そこら辺はラオにまた伝えておくよ。ほら、ランカを連れて家に入りな。ルウ、アンタにも話があるから隣に座りなさい」
ルウさんもお説教されるのだろうか。
ちょっと心配だけど、足を止めていたらシアさんに睨まれたので僕は蘭加とクーを連れてそそくさと家の中に入るのだった。