後日譚320.事なかれ主義者は久しぶりに長時間ドライブした
レモンちゃんと一緒に転移した先はタルガリア大陸の最南端に位置する国オールダムだ。
オールダムでは、タルガリア大陸に異世界転移してきた者たちと、陽太が国を復興させようと働いている。
ファマリアからも町の子たちを派遣していたけれど、半年も派遣していればある程度街を作り直す事が出来たようだった。
また、邪神騒動の際にファマ様が不毛の大地に残していった植物である『ホープ』の活躍により、土壌もだいぶ改善されたらしい。報告によると、生き残った国民の多くが一先ず農業に従事しているとの事だった。
そんなに早く改善できるのか、と驚いたけれど不毛の大地の方の汚染は『神様によるもの』だから時間がかかっているのかもしれない、と言う考察を義妹であるラピスさんがしていたようなしていなかったような……。
「お待ちしておりました、シズト様」
どうでもいい事を考えていたら目の前で待機していた人物が話しかけてきた。僕よりもいくつか年下のはずなのに、僕よりもしっかりしているような印象を受ける少年の名はサトウマナブさんだ。
民主主義を導入しようと頑張っている彼は、新生オールダムの中枢に位置する人物だ。国会議員みたいなものである。最近行われた選挙では無事に再選され、さらに総理大臣のようなポストに収まる事が出来たとか。
そんな彼が僕を呼び出したのは、地位を得てもどうしようもない天気の事を相談するためだ。
「今年はどうやら例年よりも気温が上がらないみたいなんです。依頼した通り、農業をしている街を回ってもらって、加護を使ってもらってもよろしいでしょうか」
「貰う物は貰うけど、いいよ」
「もちろん、それ相応の謝礼はさせていただきます」
謝礼は彼のポケットマネーから出るのだろうか? それとも国家予算だろうか?
気になるところだけど僕が気にする事じゃないのは分かっているので口を噤んで転移陣から降りる。僕の近くで静かに控えていたジュリウスは未だに薄く輝きを放っていた魔法陣を分解し、アイテムバッグにしまい込んだ。
「加護を使う順番はもう決めてありますか?」
「はい。この街から近い所を順番に回ってもらう予定です。……本当に馬車は用意しなくてよかったんですか?」
「はい。きっとジュリウスに連れてってもらった方が速くて快適でしょうから」
魔動車の使い心地の良さを知ってしまうと普通の馬車はきつい。揺れも酷いし、速度も遅いし、疲れ無しで走り続けると馬がダメになってしまうから。
そういう訳で、事前に空間魔法が得意なホムンクルスであるクーにお願いしてこっちの大陸に魔動車を運んでもらっていた。今頃魔動車の中ですやすやとお昼寝をしている頃だろう。
「それよりも案内役は誰ですか?」
「面倒事を避けるために僕が同行します」
「ありがとうございます。それなら安心ですね」
いろんな意味で。
ジュリウスが運転する魔動車は揺れなんてほとんど感じる事はない。
結構な速度を出しているけれど、無理に曲がる事も急ブレーキをかけることもないから当然だ。
時折魔物を牽いてしまった時にそこそこの衝撃が来るけどその程度だろう。アダマンタイト製だけどタイヤはそうじゃないから乗り上げたり、壊れたりとかあるもんな。
「……これ、なんとかこちらにも融通してもらえませんか? シグニール大陸やクレストラ大陸には各国に一台ずつ納品しているんですよね?」
「してますけど、もう無理ですよ。これを作った時に使った加護は還しちゃったので。借りに予備があったとしてもそれ相応の代金は貰ってますし……」
「分割払いとか考えてたんですけどそういう状況だったら仕方ないですね」
自動車の存在を知っている学さんは魔動車を見ても固まる事はなく、そういう物だと受け入れる事ができた。できたからこそ、この便利さを手中に収めたいと思っても仕方がない。
我が子たちに期待してもらうしかないけど、変な期待をされてプレッシャーを掛けられても困るから子どもたちがそれぞれ加護を授かっているのは黙っておこう。
「ただまぁ、ファマリアに来てもらった時に見たかもしれないんですけど、魔動トロッコとかは加護を使わずに作られているので、技術が進歩すればいずれ作れるようになるかもしれません」
「魔動トロッコでも十分すごいと思いますよ。街と街を繋げば……」
「こっちの世界には危険がいっぱいですから街と街を繋げるのは難しいんですね」
「……魔物とかもいますもんね」
「盗賊がレールを盗んでいくとかも普通にあり得ると思いますよ」
治安が悪い上に魔法も神様からの加護もある世界だ。鉄で作った重たい物でも簡単に切断して持って行ってしまう事もあるだろう。そう考えると現実的に考えてレールはアダマンタイト製が良いんだろうけど……そうなるとやっぱり蘭加が授かった加護が必要になってくるんだよなぁ。
もうちょっと布教活動を頑張れば『加工』や『付与』の加護も全く関係ない人に授けられるのかな、なんて事を考えている間にも魔動車は進んでいく。
目的地に着いたら『天気祈願』を使い、また次の目的地を目指す。その繰り返しだったけど学さんがいたので退屈する事もなく、魔道具に関する話をし続けるのだった。