後日譚318.元訳アリ冒険者たちは丸投げした
イザベラに赤ん坊を見せるために用意された部屋はファマリアの南区にある貴族御用達の高級店だった。「ここに来るならもっとしっかりした服で来たのに!」とイザベラが慌てていたが、ラオたちもまた想定外だった。個室が用意されていたのは不幸中の幸いだろう。
また、ラオたちの子どもが町に出るという事で関係者以外は内壁よりも外側に追い出された結果、客層もがらりと変わっていたのでそこまで気にする必要もなかった。
部屋に運ばれてくる豪華な食事は、ドラゴンの肉などの高級食材が使われているようだが、Aランク冒険者であるイザベラは食べた事があるのか驚きを表に出す事はなかった。それよりも、ルウの子どもである静流がイザベラに躊躇なくくっついた時の方が驚き慌てふためいた。
顔合わせを済ませた後は、シズトと彼の肩の上に陣取っているレモンちゃんが静流と蘭加の面倒を見る事になったのでラオたちは酒も注文し出した。
ワインは有名な物だけではなく、他の大陸から取り寄せたものまで扱っている。イザベラは最初は遠慮していたが、ラオとルウに流される形で飲み進めると段々と遠慮がなくなっていった。
「そろそろ僕たちはお暇しようかな」
「なんで!? もっとシズルちゃんを見せてよ~。可愛い我が子を~」
「ベラちゃんの子どもじゃないわ! 私の子よ!」
「どうせ私は結婚できない行き遅れだしぃ、アンタたちの子を私の子としても扱う事に決めたのぉ。あとベラちゃんっていうな~~~」
「だいぶ酔ってるけど、止めた方が良いんじゃない?」
「心配すんな。吐くほど飲ませてないから大丈夫だ」
「あともうちょっと飲ませたいわよねぇ。シズトくんは二人を連れて帰ってもらってもいいかしら?」
「まあ、来る前にも言ってたし大丈夫だけど……そんなに色々飲ませてあげたいなら酔い覚ましの腕輪いる?」
「いらねぇよ。何のために飲ませてると思ってんだ」
「いや、知らないし」
そういうとシズトは話はおしまい、と立ち上がるとおんぶ紐と抱っこ紐を取り出して慣れた手つきで蘭加と静流を自分の体に固定した。定位置から降りたレモンちゃんはその様子を見ているだけだったが、シズトの手が空いたところで彼の手を握った。
「私が抑えておくからもう行っていいわ。気を付けてね」
「酒飲んでんだからゆっくり歩けよ」
「レモンちゃんがついてるからこける事はないよ」
「れもれもー」
レモンちゃんの歩調に合わせてゆっくりと歩くシズトが部屋から出て行くまでイザベラは「もっと子供を見せて~」と騒いでいたが、シズトは気にせずに部屋から出て行った。
残されたイザベラは不貞腐れた様子だったがルウが「これで私たちも気にせず飲めるわね」と言うと「それもそうね」と気持ちを切り替えて新しいボトルをあけた。
「妊娠するとお酒が飲めないっていうのはやっぱりきついわよね」
「出産後もしばらくはだめだぞ」
「私たちは乳母がいたから大丈夫だったけどね」
「はー……あの子がまさかそんなにお金持ちになるとは思わなかったわ」
グラスに注いだワインをグイッと飲み干して遠い目をするイザベラ。遠い目をしたイザベラを見てラオもまた、会った当初のシズトの事を思い返してみた。が、当時からいろいろとやらかしていた彼を身近で見ていたラオは別に不思議でもなんでもなかった。こうしてシズトと結婚して子どもを設けるとまでは思ってはいなかったが。
「ベラちゃんが手を出してたらまた状況は変わってたのかしら?」
「そうねぇ。……二人目の妻を娶る、ってなったところで分かれてたでしょうし、私に実子がいない事に変わりはなかったと思うわ」
「ランカとシズルはお前の子どもじゃないからな」
「長い付き合いの二人の子どもなら私の子どもと言っても過言じゃないと思うんだけど」
「過言だよ」
ラオにバッサリと切り捨てられたイザベラは肩を竦めただけで、再びグラスにワインを注いでいた。高いワインだという事をもう意識していないのか、どんどんボトルがあいていく。
「シズトくんが複数のお嫁さんを娶るのはどう頑張っても避けられない事だったものね」
「だなぁ。還しちまった加護が加護だからな」
「今授かっている加護も大概でしょう」
「ちげぇねぇな」
そんな他愛もない話をしながらもイザベラのためにどんどん新しいワインを店員に持ってくるように言うラオ。ルウは新しく来たボトルをそれとなくイザベラの近くに置いておくと、それらがどんどん消えていった。
イザベラは高いワインを飲み比べ出来て幸せそうだったが、とうとう顔が真っ赤になった。
それを見てルウが「頃合いね」と呟いて、ラオに目配せをした。
「そろそろお開きにするか」
「なんでよ。まだのめるでしょ」
「アタシらは飲めるけどイザベラが飲めんだろ」
「のめるわよ。よゆーよ」
「そう言うベラちゃんは危ないのよ。ほらほら、まだ飲みたいんだったら家に戻って飲み直しなさい」
「ひとりでのんだってみじめなだけよ!」
「そういうと思って酒に強い相手を用意しておいたわ」
「そろそろ迎えに来るだろ」
「むかえ? たのんでないわよ。ひとりでかえれるわ」
「でもまだ飲み足りないんだろ? そいつと一緒に飲めばいいだろ」
三人が賑やかに話をしている所だったが、扉から叩くような大きな音が響いた。
ラオが「お、来たな」と席を立つと、若干ふらつきながら扉に辿り着くと外の人物を招き入れるために開けた。
そこにはラオよりも大きな男が笑顔で立っていた。普段身に着けている鎧ではなく、ラフな格好をしているその大男は、首から『特別滞在許可証』と書かれたものを提げていた。
「……だいぶ飲んでないか?」
「飲まないと腹を割って話せねぇだろ」
「そうそう。ほんとに嫌だったら転移魔法でどこかに飛ばされるだろうけどこの後は頑張るのよ」
「まあ、頑張るが……大丈夫なのか?」
ここまでイザベラが酔ったところを見た事がない大男のボビーは再三大丈夫なのかラオとルウに尋ねたが、二人とも問題ないと答え、イザベラに別れを告げると部屋を出た。
店員の案内について歩き、店から出てもイザベラが追いかけてくる様子はない。
「……とりあえず、一緒に飲むつもりになったようね」
「第一段階はクリアってところだな」
「大丈夫かしら?」
「イザベラも何だかんだ言っててもボビーを意識しているのは明白だし、お互い大人なんだから大丈夫だろ。むしろこれで進展しないようだった他の相手を探すしかねぇわな」
「それもそうだけど……やっぱりこっそり見張っておかない?」
「幼馴染だからって覗き見はだめだろ。ほら、帰って飲み直すぞ」
そういうとラオはまだ残りたいからと歩く事を拒否したルウをずるずると引き摺りながら町の中心部へと目指すのだった。