後日譚317.ギルドマスターは後ろを歩く
ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地のとある場所に町とは呼べない程の規模の町があった。その町の名はファマリア。世界樹を囲うように作り上げられた町である。
数年ほど前まで生活する者たちが増えていくにつれてどんどん横に広がり続けていたのだが、不毛の大地は邪神がいなくなってもアンデッドたちの巣窟である。シズトが作った魔道具で『セイクリッド・サンクチュアリ』という結界魔法で囲われていない所の土の下からは突然アンデッド系の魔物の手が生えてくるのは普通の事だった。
そんな場所に魔道具無しで町を拡張する事は不可能だ。結果、既存の建物を立て直して縦に伸ばすように拡張する事が検討されているが、それは奴隷たちが暮らす居住区に限定されているため冒険者ギルドなどには関係がなかった。
ファマリアへ訪れる者の目的は様々だ。世界樹を一目見に来た者もいれば、研究のためにやってきている者もいる。世界樹の素材を求めてやってくる者もいれば、外で手に入れた魔道具を売るために持ってくる者もいた。
ファマリアには転移門のような便利な物は一般で使えるようにはされていないので、彼らはファマリアにやってくるために馬車を使ったり徒歩でやってきたりと様々だが、戦える者はそう多くない。
そうなると当然、冒険者や傭兵が雇われてファマリアにやってくる事になる。
それを見越して作られていたので今のところは増改築工事を手配する必要はなさそうだ、と書類に目を通していたイザベラは判断して持っていた資料を箱の中に入れた。その箱には『却下』と書かれた紙が張り付けてあった。
その後もせっせと書類を見ては仕分けをしていた彼女だったが、外から聞こえてくる鐘の音に気が付くと手を止めた。
「そろそろ時間ね」
席を立った彼女は一度部屋の外に出るとドアノブに『取り込み中』と書かれた板を掛けると再び部屋に戻った。
ほぼ私室となりつつあるギルドマスター室には大きな姿見が置かれている。それの前に移動した彼女は今の自分の格好をじろじろと見た。鏡の中には銀色の髪を後ろで束ねた勝気な印象を受ける女性が立っていた。目じりがつりあがった赤い目は最初に足元に向けられた。移動しやすさを重視した魔物由来の素材で作られたブーツは汚れ一つない。
そこから視線を上にあげれば普段よりも若干裾が短いスカートが目に入る。こちらも皺ひとつなくしっかりと手入れされている。トップスは白いシンプルなもので、こちらも汚れ一つなかった。
それらをしげしげと眺めていたイザベラだったが、眉間に皺を寄せて「ドレスにするべきかしら?」と首を傾げた。が、ただの食事なのだから過剰過ぎる、と判断したようでそのままの格好でギルドマスター室を出た。
階段を下りて行くと普段は喧騒で包まれている一階がとても静かな事にすぐに気が付いた。
冒険者ギルドはファマリアの内壁の内側にある関係で、他所からやってきた冒険者たちは一時的に外縁区にある出張所に行くようにと言われているからだ。
現在、冒険者ギルド内にいるのは配達やら何やらを任されている町の子たちくらいだったが、その子たちも今は依頼表が張り出されたボードを見るふりをしながら入口の方を気にしていた。
入り口には赤子を抱いた二人の女性に挟まれるような形で黒髪の男性が立っていた。だが、彼は今回はあくまでおまけである。イザベラは先に旧友に挨拶をする事にした。
「あら、早いわね。待たせてしまったかしら?」
「別に待ってねーよ」
ぶっきらぼうに返事をしたのは黒髪の幼児を抱いた大柄な女性だった。短いが真っ赤でとても目立つその赤い髪に赤い瞳のその女性の名はラオ。イザベラの元パーティーメンバーであり、今は一児の母となった女性だった。
「私たちも今来たところよ、ベラちゃん」
「ベラちゃんって言わないでよ」
定番のやり取りをして「ウフフ」と声を出して笑っているのはラオの妹であり、同じく元パーティーメンバーであるルウだった。姉であるラオとは背丈や体つきは似ているが、髪を長く伸ばしている事と、優しい印象を与える目元は違うのでイザベラが二人を間違える事はない。
「その子たちが二人の子どもね? よく見たいけれど……とりあえず場所を移動しましょう」
「そうですね。人気のお店を予約してあるのでそこに移動しましょう」
黒髪の男性――シズトが微笑を浮かべながらそういうと歩き始めた。
歩調を合わせてシズトの隣を歩き始めたラオが「個室なのか?」と尋ねるとシズトは首を傾げた。
「じゃないかな? ホムラに予約してもらったところだから詳しく知らないけど……。あ、お酒もあるらしいよ? 静流と蘭加は僕が見てるから飲んでもいいからね?」
「その場の流れでどうするか決めるわ」
「だな」
横に一列に並んで町の通りを歩きながらそんな話をしている三人を数歩後ろから眺めるイザベラは、ルウの肩越しにイザベラをジーッと見ていた静流に気が付くと、表情を取り繕って手を振るのだった。