後日譚315.事なかれ主義者は食べ比べた
ジューンさんと大樹、それからたくさんのドライアドと一緒に町をお散歩した翌日、急遽転移門から離れた場所で『天気祈願』をするように依頼されたので少し予定が後ろ倒しになってしまったけれど、昼過ぎには屋敷の戻ってくる事ができた。
転移門を経由し、世界樹イルミンスールの根元からファマリーの根元へと転移したところで何かが足元に引っ付いてきた。
「パパ、お帰り!」
「こら、エイト! 危ないでしょ! シズト様、すみません」
「別にいいよ。待たせちゃってごめんね、栄人」
黒い尻尾をブンブンと振っているのは狐人族のエミリーと僕の間に生まれた男の子である栄人だ。彼はどうやら髪の毛や目は僕と同じ色だが、狐人族の特徴でもある耳や尻尾はちゃんとついていた。ハーフエルフのように細長い耳が少し短い、とかはなく、パッと見は獣人族のように見える。
獣人族と人族のハーフだと、その外見的特徴が人族か獣人族のどちらかに寄るらしい。栄人も歌羽も真もしっかりと獣人族の特徴を受け継いでいてよかった。……いや、人族の外見的特徴を受け継いでいたとしても別に愛する事に変わりはないけど。
「エミリーもごめんね? 栄人と待つの大変だったんじゃない?」
「気にしなくて大丈夫ですよ。急なお仕事は仕方がないですし、なにより私たちが来たのはつい先程ですから」
「そうなの?」
「ええ。元気いっぱいに畑の周りを駆け回っていました。ただ、急に止まったかと思えばこちらに向かってきたので、恐らく『予知』でシズト様が帰ってくる未来を見たのかと思います」
「なるほどなぁ」
栄人は占いの神様から『予知』の加護を授かっている。厄介事になる気しかしないその加護は、どうやらまだうまく制御できていないらしく、時折勝手に使ってしまうそうだ。
いつも元気いっぱいで止まっている時がない栄人が固まっている時がどうやら『予知』をしている時のようなんだけど、それが分かったのはたくさんお喋りをするようになってきた最近の事だった。
「とりあえず、町の方に行こうか。栄人が別の物に興味を示す前に」
「そうですね」
苦笑いを浮かべて僕の体によじ登りレモンちゃんと攻防を繰り広げている栄人を見たエミリーは、僕の手を取って歩き始めた。
「町の散策だけど、とりあえず何かお腹に入れたいしお店に行く?」
「いえ、お弁当を作ってあるのでどこかで食べましょう」
エミリーはいつものメイド服姿だったが、背中にアイテムバッグを背負っていた。形状からして個人用に調整した物だろう。その中にはきっとお弁当だけではなく、敷物とかも入っているに違いない。
「シズト様の好きなワイバーンのお肉を挟んだ物もありますよ」
「それは楽しみだね」
贅沢を言うのならドラゴンの肉が部位問わず一番好きなんだけど、どうしてもドラゴンの肉は希少性が高く値段も高いけれどそもそも手に入り辛い物だ。それと比べるとワイバーンの肉はドラゴニアのどこかのダンジョンでワイバーンが通常の魔物として出るという事で比較的手に入りやすい。
僕が好んで食べるからとわざわざダンジョンに赴いて狩りをする集団もいるとかいないとか……どこのエルフの集団だろうか?
そんなどうでもいい事を考えている間にも、栄人はレモンちゃんの髪の毛を捕まえようと僕の体にしがみ付きながら動き回っている。
「栄人、ちょっと大人しくしててね」
流石に歩き辛いので僕の正面に回り込んできた栄人を空いていた左手で抑え込んだけれど、それだけで止まるのであれば栄人の乳母たちは苦労していない。
「抱っこ紐で固定しましょう」
「そうだね……」
抱っこ紐で拘束されても尚、栄人とレモンちゃんの攻防は続いていた。レモンちゃん的にはあやしてくれていたんだろう。そう思いたい。
「まて~~~」
「レモモモモモ!」
「逃げろおおぉぉぉ」
「こっちだよ~」
遊具のない公園に着いたので栄人を解放するとレモンちゃんが僕の肩の上から離脱したかと思ったら逃げ出した。当然追いかける栄人だったけれど、レモンちゃんに混じってどこからか現れたドライアドたちがレモンちゃんと一緒に栄人と追いかけっこを始めた。
公園内に畑なんてないので思う存分駆けまわれるだろう。
楽しそうに追いかけ続けている栄人を眺めている間にササッとエミリーが敷物を敷いて食事の準備を済ませてくれていた。
「町の散策って言うよりは公園デビューになっちゃったね。栄人が楽しそうだからいいけど……栄人と一緒にどこかに行きたい場所とかなかった?」
「いえ、特には。落ち着いてじっとしていられない子なのでお店に行くわけにもいかないですから」
「真も活発な子だけど、獣人族の血がそうさせるのかな?」
「多少は関係あると思いますけど、性格によるところが大きいと思いますよ」
「そっか。まあ、ドライアドたちが相手をしてくれるから元気が有り余る事なんてそうそうないだろうしいいけど。……ん? こっちはなんか味が違うね?」
「はい。香辛料を変えてみました。転移門の影響で珍しい物も比較的容易に手に入るようになったのでいろいろ試してみてるんです。好きな物を仰ってくだされば今度からはそれを中心に買ってもらうようにします。一口サイズで色々用意してますから是非食べ比べてみてください」
僕もそこまで大食いじゃないけど、一口サイズであればたくさん比べる事もできるだろう。
これを準備するのに時間がかかっただろうからお礼は後でしっかりとしなければ、なんて事を思いながら栄人たちの様子を見つつワイバーンの肉が挟まれたサンドイッチを食べ進めるのだった。