後日譚314.事なかれ主義者はそのうち撮り直そうと決意した
真と一緒に町に出かけた翌日は、お祈りを済ませた後に朝食を食べ、のんびりする事なくすぐに屋敷の外に出た。
いつもだったらゆっくり過ごしてお昼までには『天気祈願』の依頼を終わらせるところだけど、今回は予定を少し後ろ倒しした。
なぜなら、ジューンさんとの間に生まれた大樹が起きている間に散歩を済ませたいから。
「お忙しいのにごめんなさぁい」
「別に謝られるような事じゃないよ。普段して回っている『天気祈願』だから大樹との散歩を比べて緊急性は高くないし」
屋敷の外で待っていたのはジューンさんだ。
お嫁さんたちの中で唯一のエルフである彼女は、今日はニットのワンピースを着ていた。
エルフらしからぬ大きな胸は、タイトな服だから服の上からでもよく分かってしまう。そんな服装を以前までは着ないようにしていたけれど、最近は好んで着ているのはどういう心境の変化なのか……。
聞かなくても僕の影響だって事は分かっているのでそっと目を逸らすだけにしておいた。
逸らした先にはベビーカーが置いてあり、その周辺にはドライアドたちが集まっている。ドライアドたち越しに中を覗くと、僕とジューンさんの間に生まれた子どもである大樹がいた。
大樹はエルフと人族の間に生まれたハーフエルフである。ただ、エルフの血が色濃く表れているのか、神は金色で目は緑色だった。それに何より、耳は細長く尖っている。
ジューンさん曰く「エルフの赤ちゃんと比べると短いんですよぉ」との事だったけど、エルフの赤ちゃんを見た事がないから分からん。分からんけど、ノエルと僕の間に生まれた望愛はさらに短かったからそうなんだろう、きっと。
「大樹はしっかり起きてるね」
「そうですねぇ。眠っちゃう前に散策デビューしちゃいましょうかぁ」
「そうだね。ベビーカーは僕が押すよ」
「ありがとうございますぅ」
大樹はまだ一歳の誕生日を迎えていない子だ。お昼寝だってする。ただ、他の子と比べるとそれが長い様な気がするのでいつも起きている時間に合わせて町の散策に出かける事になった。
散策と言ってもまだハイハイはできないし、ベビーカーでの移動が主になるから連れ出しているだけなんだけど……まあ、いいだろう。
「お散歩だけど、今回はとりあえずちょろっと町を散策するだけにしとこうか。お昼寝の時間もある事だし……」
「そうですねぇ」
「行きたい方角とかある? 大通りを行って帰ったらいい感じの時間になるんじゃないかなって思うんだけど……」
「んー、それならぁ、北区に行きましょうかぁ。ファマリアにもちょっとずつお花は増えてますけどぉ、それでも少ないですからぁ。皆が育てているお花をダイキに見せてもらったらどうかとぉ」
「それはいいね。それじゃ行こうか……って、なんで『魔動カメラ』なんて構えてるの?」
「記録して残しておきたいからですよぉ」
「そう。……もういい?」
「ばっちりですぅ。それでは行きましょうかぁ」
写真を撮るために少し離れていたジューンさんが隣に戻ってきたので、写真に写るためか知らないけれどわらわらと集まってきていたドライアドたちに離れるように伝えつつ僕たちは町へと歩き始めるのだった。
世界樹の力かは分からないが、元不毛の大地であるファマリアにも緑は広がりつつある。それは日々、少しずつ広がり続けていて、今では軽く内壁を越えている。だけど生えているのは名前も知らない雑草くらい。時折思い出したかのように花を咲かせている植物もあるが、それらはドライアドたちが植えて試しに育てているものの様だ。
「次はこっちで撮ろ~」
「わかりましたぁ」
「その次アッチね」
「いいですよぉ」
「他の通りにはいかないの?」
「今回はいかないですぅ」
ジューンさんの周りにわらわらとドライアドたちが集まっている。三人だけで散策するつもりだったけれど道端に生えていたお花の横で大樹と一緒に記念撮影をしていたらいつの間にかこうなっていた。
記念撮影をする度に大樹をベビーカーから下ろすのが億劫になっていた僕は大樹を抱っこ紐で抱っこしているからレモンちゃんは背中に張り付いているけれど、僕の近くにいるドライアドは彼女くらいだ。
「レモンちゃんも向こうに行っていいんだよ」
「れも!」
ぴったりと張り付いて動こうとしないレモンちゃんが毎回町の散策について来ていたからいつかはこうなるんじゃないかと思っていたけれど思いのほか早かったなぁ。
そんな事を考えている間に、写真を撮り終えたジューンさんが足元でわらわらと集まっているドライアドたちを器用に避けながらこちらに近づいてきた。
「そろそろ戻りましょうかぁ」
「僕と大樹の写真しか撮ってないけどいいの? ジューンさんも一緒に写る?」
「いえ、二人の記録が欲しかっただけなのでぇ、私は結構ですぅ」
「一枚くらいは撮ろうよ。適当に誰かに頼んでさ」
「そうは言ってもとても高価な物ですしぃ、町の子にお願いするわけにはいかないじゃないですかぁ」
「まあ、そうだけど……ドライアドたちもちょっと心配だし」
「私たちできるよ~」
「できるできる」
「頑張る!」
「じゃあ私たちは一緒に写真撮られる~」
「あ、ずるい! じゃあ私たちも!」
「皆で写ればいいんのです」
肌の色が違うドライアドたちが好き勝手話始めたけれど、こんな状態だと誰か一人指名して写真をお願いするのも酷だろう。
さて、そうなると――。
「ジュリウス、いる?」
僕が問いかけて少しの間が開いたが、すぐに呼ばれたエルフの男性がどこからともなく降ってきた。
「カメラ係お願いしてもいいかな?」
「お任せください」
「よし、決まりね。……どうせなら、世界樹を背景にして写真撮ろうか」
ちょうど今いる大通りは世界樹から真っすぐに北へ伸びている通りだ。振り返ればバックに空高くまで伸びている世界樹がある。
ジューンさんはここまでされたら断るという選択肢はないのだろう。大人しく僕の隣に並んでいた。
「どうせならジューンさんが大樹を抱っこしなよ」
「分かりましたぁ」
「レモ~ン!」
「あ、私たちもくっつく!」
「のぼれのぼれ~」
「レモ! レモモモ!」
「肩より上はだめなんだって~」
「じゃあそれより下は良いよね?」
僕は良くないけど今更言っても仕方がないだろう。
肌の色が色々な子たちが僕の体に纏わりついているが、気にせずカメラのレンズを見る。
こうしてジューンさんも含めた家族写真を撮る事が出来たんだけど、後から見返したらやっぱりドライアドたちの主張が激しかった。