後日譚313.事なかれ主義者はとても注目された
獣人たちが営んでいる行列のできる喫茶店を後にした僕たちは円形闘技場にやってきていた。
闘技場の舞台には僕たちしかおらず、観客席もがらんとしている。ここに立つ時はだいたい観客席は満員で立ち見客もいるほど賑わっているからこれだけ静かだと変な感じがする。
「パパ、ボール!」
「お、持ってきて偉いねー」
僕の近くにやってきた真がボールを差し出してきたのでそれを受け取りつつ、空いた手で真の頭を優しく撫でると嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている。狼人族とのハーフのはずだけど、どこからどう見ても犬だ。
「ボールなげて!」
「よし来た。とってこーい!!」
服に付与された身体強化魔法を駆使して投げると勢いよくボールが遠くに飛んでいった。それを幼児とは思えない程の速さで駆けて追いかけていく真。彼女の小さな体じゃなくてもとても広い闘技場の舞台だから思う存分駆けまわる事ができるようだ。
「……レモンちゃんはボール遊びしないの?」
「れもも」
「そう、しないの。まあいいけど」
真が僕の体から離れた事によって肩の上は再びレモンちゃんの領域となり、今も彼女はそこに陣取っていた。なんて言ったかは分からなかったけど、髪の毛がシュルシュルと体に巻きついてきたので離れる気がないという事ははっきりと分かった。
「真がボール遊びに飽きたら別の遊びする?」
「その予定じゃん。でもたぶん飽きる事はない様な気がするじゃん」
「体力続く限り僕が投げ続ける感じ?」
「そうなると思うじゃん。頑張るじゃん」
「シンシーラが投げてあげてもいいんじゃないかな?」
「私はいつもやってるじゃん。マコトもパパに投げて欲しいからパパに渡すと思うじゃん」
「それはとても光栄な事だけど……」
僕が投げるより冒険者であるシンシーラが投げた方が遠くまで飛んで楽しいんじゃないのかなぁ、なんて事を思いながらも楕円形であちこち跳ね回るボールを楽しそうに追いかける真に視線を向けると、丁度飛びついてボールを捕まえた所だった。
怪我をしていないかちょっと心配だったけど、尻尾をブンブン振りながらボールを持ってくる真はちょっとした擦り傷とかは全然気にならないようだ。
だけど僕の方が気になるので、後でシンシーラが持ってきていたアイテムバッグからポーションを出してもらおう。
結局あの後、一時間以上投げ続ける事になったけれど真はとても元気だった。獣人族の血が入っているから身体能力は高いし、体力も多いんだろうか?
予定が後ろにあったのでキリの良い所で終わりにしたかったんだけど、強制終了する事になってしまったのは申し訳ないな。また今度穴埋めをしよう。
そんな事を思いながらまだ遊ぶんだと主張してギャン泣きしている真を小脇に抱えているシンシーラと一緒に町を歩く。向かうのはファマリアの西区だ。
西区には工房がたくさんあり、アクセサリーなどの小物から家具などの大きなものまで作られている。
それらを作るのは他所から来たドワーフやエルフの集団だが、彼らの下には奴隷の証である首輪をつけた町の子たちがスキルを身に着けるために切磋琢磨していた。
「ほら、真。何か欲しいやつ買ってあげるから機嫌直して」
「全然聞く耳持たないじゃん。耳ペッタン状態じゃん」
ピンと立っていた狼の耳が今ではぺたんと伏せられていた。エミリーやシンシーラも時々あんな感じにする時があるので見慣れているけれど、耳を自由に動かせるってやっぱりすごいなぁ。
「って、感心してる場合じゃないや。どうしようね、プレゼント。本人に選んでもらうのが手っ取り早いと思ったんだけど」
「もういい感じのものを見繕って渡すだけでいい気がするじゃん」
「難しい事を言うなぁ」
今回の町の散策はもちろん真の町デビューもあったけれど、誕生日が一カ月ほど前に迫った真が欲しがりそうな物を知る目的でもあった。
日頃の様子を見ているとボールなどの遊び道具もアリだと思うんだけど、それも種類がありすぎるので一人では決断できそうになかったからそうなったんだけど……目論見外れたなぁ。
「一通りぐるっと回って駄目そうだったら帰ろうか」
「そうするじゃん。他の子と比べて長く遊び過ぎたじゃん」
「そこら辺の事は気にしなくてもいいと思うけどね」
だいぶ太陽が傾いている。夕食に間に合うように帰るのであれば隅々まで隈なく見て回る事は難しそうだ。
とりあえずメインストリート沿いで店を見て回る事にした僕とシンシーラさんは、西区のはずれから中央に向かって歩いた。
注目されているのは僕たちが親子で歩いているからだけじゃないだろう。ギャン泣きしている真の事をちらちらと見る子が多かったけれど、シンシーラは慣れているのか気にした様子もなく小脇に抱えて運び続ける。
町を出る時はとっても素直だったんだけど、これもイヤイヤ期的な感じなのかなぁ、なんて事を考えながら目に入った工房によっては真に「これ欲しい?」と提案をし続けたが泣き止む気配がない。
どうしたものか、と思っていたらレモンちゃんが「れも~」と不本意そうに肩から降りて地面に足をつけると、髪の毛を伸ばしてシンシーラが抱えている真をしっかりと掴み、僕の肩の上へと移動させた。
「…………うん、泣き止まんね」
「れも~~~?」
泣き続けていたとしても真は肩の上から離れるつもりはないのか、頭にギュッとしがみ付いている。
その様子を見上げていたレモンちゃんに「譲ってくれてありがとね」と言うと、レモレモ言いながら僕の手を握って歩き始めるのだった。