後日譚311.事なかれ主義者も見上げた
魔動トロッコは改良に改良を重ねられ、そこそこのスピードで走るようになった。
身体強化をした冒険者の方が速く走る事ができるけど、魔動トロッコの良い所と言えば一定の速度で走り続ける事ができる事と、レールに異常がなくて魔石さえ設置しておけば勝手に走る事だろうか。
そんな事を考えながら流れて行く景色をトロッコに座って龍斗たちと一緒に眺めていると、あっという間に目的地である北区にある停留所に到着した。
「さ、降りようか」
「や」
「や? 嫌なの?」
「ん、そうみたい」
じたばたと抵抗を始めた龍斗を表情も変えずに抑えているドーラさんが僕を見上げてくる。どうするのか、とその目が言っている気がした。っていうか、龍斗ってあんなに動くのか。
「んー……まあ、急いでもないし、もうちょっと乗っておく?」
「ん、分かった」
「そういう訳だから、もう少しこのトロッコを貸し切りにしてても大丈夫かな?」
「は、はい! 問題ありません!」
一つ前のトロッコ――つまり、先頭車両――に乗って、魔動トロッコをコントロールしていた子の了承も得られたので僕は再びトロッコの中に腰を下ろした。
座席とか用意しないのかな。流石に直に座ると固いし振動がダイレクトに来るんだけど……。
そんな事を考えていたら、僕の足と足の間にすっぽりと収まっていたレモンちゃんをひょいっと持ち上げたドーラさんがレモンちゃんがいた場所に腰を下ろした。すぐ近くにある金色の髪の毛からはとても良い香りがする。
「レモーーー!」
「順番」
「レモモ! レモンレモレモ!」
「次は私の番」
怒髪天を衝く感じでレモンちゃんの髪の毛が逆立っているけれどドーラさんは僕の胸からお腹にかけて体重をかけてくる。譲る気はなさそうだ。
レモンちゃんを宥めている間にも後ろに連なっているトロッコには続々と乗客が降りては乗ってくる。さっきよりも大勢の町の子たちが乗り込んでいるから過密気味だけど、問題なく魔動トロッコは走り出した。
「……やっぱり、座席とは言わないけどクッションとか壁面につけた方が良いんじゃないかなぁ」
「ん?」
「なんでもない、独り言」
「そう」
ドーラさんはそれだけ言うと、再び前を見た。僕たちしか載っていない車体の前方の方では、先程までぷりぷり怒っていたレモンちゃんが龍斗に頼まれたのか、髪の毛で持ち上げて流れて行く町並みを見えるようにしてあげている所だった。
「……とりあえず、龍斗が満足するまで乗っていようか」
「ん、そうする」
そう話はまとまったけれど、龍斗が満足するよりも早く、僕の体が限界を迎える事になった。
今後も龍斗が乗りたがるかもしれないし、魔動トロッコは全部電車みたいにしてもらおう。かったい壁にもたれながら長時間同じ姿勢で座るのはしんどいわ。
魔動トロッコから降りようとしない龍斗をドーラさんが強引に引っぺがして町の散策は再開された。
龍斗は先程まで駄々を捏ねて大泣きしていたけれど、別の物に興味が移ったようだ。
「あっち、行く!」
「あっち? あっちはもうお終いなんだけど……」
「行く!!!」
ご機嫌斜めな龍斗。どうしたものかなぁ、と思ったけれど時間に余裕はあるし、龍斗も元気だし、という事で北に向かって進む事になった。
今いる北区は町の子たちの居住区なので集合住宅のような物が建ち並んでいる。また、通りには彼女たちをメインターゲットにした露天商がずらりと並んでいた。
おやつの時間よりも少し後くらいの時間だからか、町の子たちが並んでいる屋台は軽く食べられる物ばかりだ。
中には甘い物を用意している所もあるらしい。平民だったら日々のおやつとして気軽には買えないくらいの値段設定らしいけど、皆でお金を出し合ってわけっこしている様だった。
そんな町の子たちの様子を眺めながら歩を進めていくと正面に見えていた城門がどんどん近づいて来る。城門は閉じられていて、その近くにはエルフの兵士が控えていた。
「ほら、ここから先はいけないよ。戻ろうか」
「や! あっち!」
「あっちって……上? 登りたいの?」
ドーラさんに後ろ側から抱きしめられるような形で抱っこされている龍斗が何度もコクコクと頷く。
城壁の上かぁ。……どうなんだろう? ちょっと相談してみるか。
チラッとエルフたちの方を見ると、話を聞いていたのか「どうぞ、お上りください」と言われてしまった。
ジュリウスもどっかで見ているだろうし、何かあった時には対処してくれるだろう。たぶん。
ドーラさんもスカートではなくショートパンツを履いているから風に吹かれて下着が見える、なんて事はないだろう。
そういうわけで、案内されるがままに階段を使って登る事になった。内壁はそこまで高くはない、と言っても五メートルくらいは軽くある気がする。
城壁の上はイメージ通り、でこぼこの壁がある。低い所から見るとしても龍斗が城壁の上から町並みを見るためには持ち上げる必要があるだろう。
「龍斗、こっちに……って、ここに来てまで空を見るの?」
「ん、そうみたい」
「近く感じるからかなぁ。……その内世界樹に登りそうで怖いからレモンちゃん、みんなに気を付けるように伝えてもらっていい?」
「レモーン」
元気にレモンちゃんが返事をしても、ドーラさんが抱っこしている龍斗は空を見上げているだけで動く様子はない。
……あんまり町の散策をした気分にならないけど、龍斗が楽しそうだからまあいいか。